WEBエリアシフト 4-霊的理解

グループワークで行っている「エリアシフトワーク」がどう言ったものなのか、また京都は遠くて受けれないと言う方の為に、その内容の一部を紹介していきます。ネット上で公開できるのには限度もありますが、それでも読むだけでも色々気付かれる事もあると思います。

*以下は別サイト「ゆらとふるへ」で公開している記事と同じものです。

アチラの方々との付き合い方

心の目線で理解

死後の世界なんて死んでみないとわからない。
霊視や幽体離脱で見たと言う人はいるが、その内容も似てはいるけど結構バラバラだったりするだけに、果たして自分も死後、同じ様に体験するのかどうかなんてわからない。いや死んでも分からないかもしれない。

そんな死後の世界を今生きてる人間の知識だけで分析しようとする所にまず大きな無理がある。
魚が懸命に地上を想像している様なもので、仮に魚が車を見ても四角い魚みたいなのが走ってるとしか認識できない。それが人を乗せて運ぶ機械とは想像すらできない。
同じ様に目に見えない非物質世界を物質世界の科学だけで理解分析しようとする所に様々な誤解釈が生じる。
この現実世界では安全なものであっても、それに似ているからと言って非物質世界においても安全だとは限らない。そういう意味でこの理解編では見えない世界をムリに科学的目線で分析するつもりはない。

ただ、目には見えない世界ではあっても「心」と言う目線でみると、アチラの世界とコチラの世界においての共通認識できる部分が沢山出てくる。
いわゆる幽霊と呼ばれる御方々も目には見えない存在であり何をしてくるかわからないから「怖い」と感じる。
しかし方々だって元々我々と同じ生きた人間だった存在であり、同じ様に感情を持っていた事は理解出来る。そこから方々が何故そこにいて、何故時々我々の前に姿を現すのか、気持ちが理解出来るようになると恐怖感は弱まる。

死後の世界も、三途の川を渡ったと言う人もいれば、別に渡らずに荒れた道を進んだ人の話もある。天国も地獄も臨死体験者によって、その様子は結構バラバラだ。それらをいくら理論的に統合しても死後はこうなると断定するのは難しいし、証明そのものが不可能だ。
しかし、これらの体験も「心」と言う目線で見直していくと、非常に似通ってる事がわかってくる。
非常に単純明快な解釈が出来る様になってくる。
エリアシフトでは、この「心」と言う目線で目に見えない世界を理解していく形になっている。

これまで一応スピリチュアル系サイトなのに、なんで親子関係の話がここまで大きく出てくるんだと、変に思った人も沢山いるだろう。私も好きで語ってきた訳ではない。
本当はこの理解編から話を始めたかった。最初から妖し~い話で盛り上がりたかった。しかし浄化編を理解せずして、アチラの世界を「心」と言う目線で解釈してもらうのは無理がある為に、ここまで懸命に親子関係の話をしてきたのだ。
理解編は、これまでの浄化編を読み終わっている事を前提に話を進めるので、ご了承願いたい。

そして、ここから書く事は私自身の神秘体験や前世の記憶と、お客さんが体験した前世体験、および私の周りのあやしひ人達の体験からの共通項をベースにして、先ほどの「心」の側面から感じても納得できる部分を中心にまとめている。
ただ、もちろんこれはあくまで私が真実だと感じた部分を言葉にしているだけなので、決してあなたの真実ではない。あなたの真実は、あなたがそれを信じた時ではなく、あなたがそれを真実だと体感した時に初めて真実となるものだ。
無暗に過信するのではなく参考程度に留めて、最終的な自分にとっての答は自分自身で感じて判断して見つけて頂きたい。

 

似た波長の存在と繋がる

エリアシフト 霊的理解

パワースポットと呼ばれる所は沢山ある。霊的に感じやすい人なら、そう言った場所を好んで出かけたりもするだろう。例えば大きな神社も立派なパワースポットだ。

しかし不思議な事にこう言った神社に行くと、高次元の存在を感じて暖かい気持ちになる人もいれば、逆に浮遊霊が沢山いるから嫌だと感じる人もいる。
同じ神社なのに。どちらも霊的に感じやすい人達だ。
そう言うのを感じない人から見れば、どっちかが嘘をついてる?と考えるかもしれない。

しかしそうではない。これも人間特有の癖で情報の壁の中で考えてしまうから正解が分からなくなる。
天国も地獄も神も悪魔もどこにあると言うものでは無く、我々の中にあるとも言える。
つまり、その神社には高次元の存在もいれば浮遊霊も沢山いる。ただ、そこに来る人がどちらに波長を合わせるのか、チャンネルをどこに合わせるかの違いだけなのだ。

神社は昔の人が、そこで神様と繋がりやすいと感じられたからこそ、その場所に建てられた。
つまりパワースポットである事は間違いないし、低級霊と言うのもやはり苦しいから低級霊であり、少しでもエネルギー的に高い所にいきたいと引き寄せられるのも自然な事だろう。だからパワースポットに低次元から高次元まで様々なアチラの方々が集まっていても何もおかしな事ではない。

ただ、人によっては低級霊は「嫌だ」と、そこに嫌悪が強くなるから余計に低級霊を見やすくなる、繋がりやすくなるのだ。
低級霊達も「自分達の苦しさを理解されたい」と言う思いがある。そこは嫌悪に偏った時の我々の「理解されていない」と言う満たされない思いと同じだ。そこに波長が合ってしまい余計に縁付いてしまう。

私自身ここに気付けたのはカウンセリングを勉強するようになってからなのだが。今から思い返すと自分自身、嫌な霊体験が集中していた時期と言うのは嫌悪が強かった。嫌な感じのする森を避けたりしていた。同じ場所を何も感じずに平気でいられる普通の人がうらやましく思えた。

しかし心について色々勉強するようになって、自分の中の嫌悪と向き合うようになって楽になると、嫌だったはずの同じ森で、妖精がいる事に気付けるようになった。自然の精霊達、神々も変わらずそこにいる事に気付けるようになった。
そしてイイ神秘体験が続いている時は、自分自身も満たされた気持でいる事が多い事に気付いた。
そこから失礼だとは思いながらも自分の周りのあやしひ人達の様子を客観的に見ていくと、やはり低級霊を見てしまう人は嫌悪や孤独が強い傾向にあり、天使や神々と繋がりやすい人は満たされた気持でいる人が多い事がよく分かってきた。結局これはそれを感じる人自身の問題なんだなと、あらためて考えさせられた。

つまり似た要素が惹きあうと言うのは、生きている人間の間だけに限らず魂の領域においても同じだと解釈する事が出来る。悲しい時や寂しい時は、悲しい霊や寂しい霊、嫌悪の強い時は嫌悪の強い霊と繋がりやすい。逆に前向きで心が満たされている人で霊的に敏感な人は、天使や神々を見かける事が多いのが分かる。
ただ嫌悪が極端に強いのに天使や神々をよく見ると言う人は、低級霊が天使に化けているのを見てるだけと言う可能性もある。
だからアチラの世界は「心」の目線で理解する事が重要であり、その為に、この話に至る前に「浄化編」において、「嫌悪」「孤独」「不安」と言った要素について繰り返しその浄化の大切さを書いてきたのだ。

それを踏まえて、今回この霊的理解編では、霊的存在達を中心に語る。この霊的な話だけでもかなりボリュームがあるので、今回は霊的な話題のみに集中しておく。特に霊的なものに興味のある人、霊的パワーを身につけたいと考えている人なんかは、高次に化けた低次の存在等に騙されないよう、よく読んでもらった方がイイ。
逆に霊的なものは怖い、苦手、霊感なんか欲しくないと言う人には必要のない話だ。この回を飛ばして、最終回を読まれても大丈夫だ。
次回、魂的理解編では、輪廻を含めた死後の世界、高次元、宇宙について語る。

次元の狭間

人は死んだらアチラの世界に行く。いわゆる死後の世界だ。しかしそのアチラの世界に入れず、この世とあの世の次元の狭間を彷徨い続ける者もいる。つまり成仏できない状態、不成仏霊や幽霊と呼ばれる皆様方だ。
アチラの世界については、次回語るとして、今回はこのアチラの世界に行き損ねた幽霊の御方々の事について理解を深めていく。

この成仏できない霊達が彷徨っている次元、ここでは仮に「次元の狭間」と呼ぶ。
この「次元の狭間」は比較的この物質次元に近く、成仏出来ない幽霊の方々は、この領域において迷い苦しみどうしてよいのか分からず延々と漂い続けている。

この存在達は心の状態で言えば「嫌悪」、「孤独」、「不安」が極度に強い状態と言える。
人に対する怒りや、愛されていないと言う恐怖、そういったこの世に対する執着、囚われがある為にうまくこの世から離れる事が出来ずに、この次元の狭間に取り残されてしまう。
その苦しい(嫌悪)、寂しい(孤独)、と言った状況を誰かに気付いて欲しくて、似たような思いを抱えている人間がいると、この人ならわかってもらえるかもしれないと感じて近づいてくる。さらにそこで波長が合うと「私に気付いて!」と霊障を起こしてくる。時には事故を起こして引き込もうとする。それに巻き込まれて死んでしまう人もいる。

それで死んだら、引き込んだ本人と仲良くなって寂しく無くなるのかと言うと、どーもそうではない様だ。
成仏できない霊同士で仲良く楽しく暮らしてる話は聞いた事が無い。そんな事が出来たら、わざわざ新たに生きてる人間を次々と引き込む必要もないだろうし、さっさと成仏も出来るだろう。

これも「心」を基準にして考えるとよく分かる。我々生きてる人間でも何らかの思いに囚われた時、その事が頭の中をグルグルまわって他に何も考えられなくなるだろう。あのグルグル状態で亡くなると、成仏できずに次元の狭間で延々とグルグル状態が続くと考えると分かりやすい。

つまりそう言った霊障で引き込まれてしまう人と言うのも、その霊障を起こす霊達の心の状態と、すでに近い心の状態の人が引き込まれる。特に嫌悪や孤独に心が偏っている状態の時だ。亡くなった後もみな意識が延々と自分の事の苦しみや悲しみでグルグルしている状態で固定されているので、自分が死んだと言う事も隣に自分を引き込んだ霊がいても気付く事すら難しい。気持ちの切り替えそのものが出来ない様な状態だ。

生きている間は、心の動きに「時間」と言う変化も関わってくるために心にも変化を起こせる可能性があるが、果たして死んだ後の心にもコチラの世と同様の「時間」と言う概念が通用するのかどうか。それを考えると、この次元の狭間に堕ちて動けなくなる状態がどういうものか想像できるだろう。
ちょうど延々と何かに追われてる夢の中で、なかなか自分で「これが夢だ」とは気付けない様な状態だ。

だから残された人間が、亡くなった人に対して思いを込めて供養する。どうか成仏して下さいと。そうする事で追われている夢の中に変化が起こる。誰かに呼ばれた様な気がする。残された者の供養の想いが灯りとなってともり、その灯りに運よく気付けると、グルグル状態だった心の中に時間の変化が起こる。「なにやらあっちの方が明るいぞ」と行ってみようと。それでうまくいけばようやく幽霊さんはアチラの世界へ旅立てる。成仏できるわけだ。

もちろん通常は、そんな狭間に引っ掛からずにスムーズに成仏するのが普通だ。何らかの特別な思い、この世に対する大きな未練を残した時に次元の狭間に引っ掛かる事がある。
あと、自分が死んだ事に気付けずにこの次元の狭間に堕ちてしまう霊もいる。
これは生きている間「死んだら無になる」と言う概念に頑固に囚われている状態で亡くなると、死んだ直後も生前の様にこの物質世界が見えてしまう為(この世に意識が囚われている為)に、なかなかそこから次元の移動(成仏)へと動く事が出来ない事があるのだ。
なので、一つの概念にしがみつかず臨機応変に自分が間違っているかもしれないと、いつでも柔軟に考え直しの出来る人ほどアチラの世界は楽とも言える。もちろんこの記事自体にも囚われすぎない事が大切だ。

なぜ幽霊の皆様方と縁付くのか

さて、そんな幽霊の皆様方にとり憑かれたりするのは、御遠慮させて頂きたいところだ。しかしそれでも憑かれてしまう事はある。そんな時どうするか。多くの人はお祓いに行くしかないのでは?と考えるだろう。
しかし困った事に、何かに憑かれてお祓いに行く人は、お祓いに行っても、また似た様なのに憑かれてお祓いに行く事を繰り返す事が多い。これは何故なのか。

1つは、そう言ったものを感じやすい人が、憑かれる事が多いと言う点。
そりゃ、気分も悪くなって何かの霊の気配を感じられたら不安になって仕方がないだろう。でも逆に言えば感じにくい人は憑かれても気付かないし、そのまま平気でいたりする。この点も一つ覚えておいて欲しい。

2つ目は、憑かれる人が、霊達と波長が合いやすいと言う事。
アチラの方々を見てしまうと言うのは、自分の中にもアチラの方々と似た要素をどこかに持っていると言える。つまり「心」の状態が、霊達の「心」の状態と近いと言う事だ。寂しい霊は寂しい人に、怒りを抱えている霊は怒りを抱えている人に、それぞれ波長が合いやすい。「霊能者に助けて欲しい」と言う思いも、自分を助けて欲しいと願う霊達と波長が合いやすい為に状況を繰すと言う見方も出来る。

エリアシフト 霊的理解

では、どうすれば憑かれなくなるのか。一言で言えば「嫌悪」「孤独」「不安」の領域に偏らない事、それらの領域での事象に「囚われ」すぎない事だ。
明るい気持ちで気にしなければ、特に「嫌悪」「孤独」と言った領域で苦しむ事が無ければ、まず大丈夫だ。
何だか投げやりに聞こえる書き方かもしれないが、経験から言ってそうだったので仕方がない。

霊達の立場で考えてみるとイイ。苦しい時にわざわざ元気で幸せそうで無神経そうなお気楽な人に相談したい、すがりたいとは思わないだろう。
同時こう言った霊現象、特に幽霊とか、そういった「怖い」と感じるものに「興味」を持たない事も大切だ。
何だか私が書くとホント、サイトのカラー上、矛盾してる様に聞こえるが、同じ霊でも天使であるとか妖精であるとか、そう言った存在に興味を持つぐらいならまだイイとは思う。
特に「怖い」と感じる存在にワザワザ興味を持つ事は、やめた方がイイと言いたいのだ。

あと、そう言ったアチラの方に憑かれると言うより、縁のある霊に頼られると言う事もある。自分の先祖の方々、いわゆる因縁霊と言われる皆様方だ。
先祖供養は確かに大切だ。でも御先祖さんも一人一人に対応しだすといくらでも頼られる。先祖供養をとことん勧める宗派もあるが、私自身は、もう「私に縁あるご先祖様達」のひとくくりでしっかり手を合わすのみにしている。

ご先祖様であっても生きてる人間に頼ろうとする時点で、嫌悪や孤独、不安と言った要素に囚われている事がわかる。つまりこちらの意識に嫌悪や孤独、不安が無ければ頼り様がないし、いちいち霊障を起こす事も難しい。多くの因縁霊による霊障も、その人の心が嫌悪や孤独に強く偏った時に同時に起こってくる。波長が合ってしまう事で起こってくるのだ。

それが霊障なのか、カルマなのか、運気なのか、いちいち考える前に、その事象に囚われない嫌悪しない形で自分の意識をシフトさせるのが手っ取り早い。
なんだかご先祖さんは放っておけばイイ的な感じに聞こえるかもしれないが、そうではない。必要以上に悪い出来事を、先祖供養が出来てないから?とか繋げて不安にならず、普段からご先祖さんに対しての感謝だけしっかりしておきつつ、自分自身が嫌悪や孤独や不安に偏らなければ、そうそう霊障等に悩まされる様な事は起こってこないと言う事だ。

ちょっと話はそれるが、私個人はまだ確信は得られないが、先祖供養と言うのは自分自身の前世供養でもあるのかなと感じている。
結構、家系と言うのは、それなりに縁があるから、その家に生まれてくるとも言えるので、先祖をたどれば何度かその家系に生まれていたと言う事もあるんじゃないかと思う。そう考えるとちょっと感謝の気持ちも向けやすくなるんじゃないだろうか。

 

霊能者

霊能者について

ここで、ちょっと霊能者について書いておく。このサイトを覗いてる人なら、占いや霊視などと言ったものに興味を持つ人も沢山いるだろう。
自分の守護霊や前世を「みてもらいたい!」と思った時、まずどの人にみてもらうか決めなければならない。この時あなたは何を基準にして決めるだろう?

よく当たると言われる人、親身になってくれる人、料金の安い人、でも当らない事には、みてもらう意味が無いと、多くの人は「よく当たる」と言われる人を捜すのではないだろうか。

例えばその霊能者に、自分しか知るはずの無い秘密を次々と言い当てられたら、「すごい!」と「本物だ!」と「本当に霊視出来る人=ホンモノ」だと分析し信じてしまうだろう。
そこがまず一つ目の落とし穴になる。

そして迷う事があるとその人に何でも聞く様になる。依存状態が出来上がっていく。
しかし占われる内容がどんどん指示的になっていく。「今すぐ○○に行きなさい!」「○○しないと、あなたは××になるよ!」と半分脅しの様になってくる。それでも「当る人なんだから」と、こっちも慌てて言われた通りにする。
「すぐに□□のお祓いが必要よ!50万用意しなさい!」と、その頃にはもうお金の価値観なんてわからない。「当る人」なんだから言われた通りにする。それが非常識な事だとさえ気付けなくなるのだ。
冷静に考えればバカバカしい話だ。でもこれがよくある話なのだから怖い。
「本当に霊視出来る人=ホンモノ」であっても「本当に霊視出来る人=イイ人」とは限らないのだ。

そして二つ目の落とし穴が、そう言った詐欺の様な事を引き起こす霊能者自身も自分の状態に気付けない、「悪気が無い」と言うケースが多いと言う点だ。
いや、そんな事はないだろうと、多くの人は思うかもしれない。確かに「悪い事をしている」と言う自覚のあるケースもあるが、その場合はそもそもその人は霊能者でも何でもないただの詐欺師に過ぎない。

怖いのは霊感が本当にあり、それでいてクライアントを追い込み苦しめてしまうケースだ。
つまり霊能者本人は悪気はなく、ただ「導きの声」に従っているに過ぎない。その「導きの声」がクライアントを苦しめると言うケースだ。悪気がなく真剣なのだからこちらもついその勢いに乗せられてしまうのだ。

じゃあ霊能者は「他の人達の口コミでよく確かめておこう」と、あるいは今まで沢山助けられて信用出来る霊能者が自分の知り合いにいるから大丈夫と考えるかもしれない。
しかし、これが3つ目の落とし穴になる。

最初はイイ人、信用できる霊能者で、口コミの評判もとても良かったとしても、そんな霊能者であっても気が付くと突然豹変する事がある。
これは厳密には霊能者本人が豹変するわけではない。その霊能者に力を貸している「高次元の存在」が「高次元の存在に化けた低次元の存在」に、本人も気付かないうちに入れ替わってしまう事で起きるのだ。
なので今までは問題無く信用できる霊能者であったとしても、ずっとそうとは限らないのだ。

途中でいきなり豹変されても、自分がこれまで信じていたものが間違っていたと認めたくないのが人間だ。
それはみてもらう側はもちろん、霊能者自身だって自分に力を貸してくれる存在が低級霊に入れ替わっても認めたくないものだ。
宗教だって指導者が突然、低次元の存在と繋がって豹変する事がある。これまで沢山助けられ信じていた信徒だったら、そうなっても気付けないと言うより気付きたくないと言う心理が大きく働く。スピリチュアル系の人は、こう言った豹変する可能性があると言う事を忘れてはならない。

じゃあ、どうやって見分ければいいのだと考えるかもしれないが、結論から言ってしまえば「理論的に見分ける方法」は無い。
ただ、そう言った低級霊に憑かれておかしくなりやすい霊能力者に共通項がある。
それが「嫌悪」「孤独」「不安」の要素が強いと言う事だ。そしてそう言った霊能者に縁付いて痛い目に遭ってしまいやすいクライアント側の共通項も「嫌悪」「孤独」「不安」の要素が強いと言う、似た要素で引き合ってしまう面がある。その為に霊的な記事を書く前に、浄化編で長々と親子の愛情の何たるかをしつこいぐらいに語ってきたのだ。

タイプ別霊能者の特徴

では、ここであらためてタイプごとに霊能者の特徴をまとめておこう。特に高次元に力を借りているタイプの霊能者と、先ほど書いた低次元に力を借りる様になってしまったタイプの霊能者について書いておく。

・高次元の存在に力を借りる霊能者

高次元の存在、神々と繋がって人をサポートする。一応ここではわかりやすく「霊能者」と言う表現を使っているが、いわゆる占い師、ヒーラー、スピリチュアル系の様々な職に就いてる人で、「守護神」に力を借りている人を指す。「守護神」と言うのは「守護霊」とは違い、いわゆる高次元の存在を指すが、通常は何らかの修行をする人に縁付くもの。一般の人についてる事もあるが、それは、その人が前世ですでに何らかの修行をしていた、あるいは何か多くの人の為になる様な事を成し遂げていた関係で、前世からの縁でついてるケースが多い。

この高次元の存在と言うのにも様々なレベルがあり、あまり高くないレベルの高次の存在は、気をつけて接しないと天罰、祟りを与えてくる事がある。
これは高次の存在と言っても、大昔に人間界にいて懸命に修行して功徳を積み、死後こう言った高次の存在になった魂であったりするのだが、そこにまだ人間的な「嫌悪」の要素が残っている事を指す。同時に「情」としての「暖かさ」や、人間に力を貸す事で本人も修行しているので、修業的な「厳しさ」もある。
(「嫌悪」とは違い、人間側の「カルマを落とす」と言う解釈で厳しい接し方をする特殊なケースもあるが、ここでは話がややこしくなるので省略する。)

これがさらにレベルの高い高次の存在になっていくと、天罰、祟りと言った事は無くなるが、同時に個人的レベルで感じられる感情そのものも薄くなってくるので、ある意味「情」の薄い「クール」な感じに感じられたりする。
また多くの魂の成長を願っている部分が大きくもなるので、多くの魂の成長に繋がる様な事になるととても力を貸してくれる。逆に現世的なご利益はあまり期待できない。
では、こう言った神々に力を借りてる霊能者がいたら、そう言う人に頼りたいと考えてしまいやすいものだが、これが残念な事にこう言った守護神のついてる霊能者と言うのは、低級霊に力を借りる霊能者に比べると絶対的に少数派だ。

そもそも霊能者に頼ってくる人と言うのは依存心一杯でやってくる。しかし高次の存在は、あくまで魂の成長を願っており、人間の欲を満たす為に人間に力を貸すわけではない。そこからして目的が少しずれてしまう部分もあり、同時に霊能者自身も本当に多くの魂の成長を願うほどの高次の存在と波長が合うレベルの人なら、霊能者になりたいとは考えない。
多くの場合は、政治家であるとか、何かの指導者であるとか、社会的にもっと大きな形で影響を与えられる立場について活動する。なので霊能者ではなく、そう言った立場の人の方が案外、高次な守護神に守られていたりする。
ただ、そう言った守護神がサポートに力を入れてくるのは、その人が芸能人や政治家として活躍してる時よりも、第一線から外れ、ちょっとマイナーな立場になった頃に表に出てくる事も多い。これは本人の慢心で道を外さない為なのか、何らかの意味があるとは思うが、よくはわからない。

エリアシフト 霊的理解

もちろんそこまで高次では無くとも、霊能者としての活動に力を貸すレベルの守護神もいる。これは霊能者自身の修行のサポート的な形で力を貸してるケースが多い。

このタイプの霊能者を頼っても、あんまり明確な回答はせず「心配いらない」「大丈夫」的な表現で片付けられる事が多く、言う事も外れたり曖昧であっさりしていて、相談者としては正直ちょっと頼りない、物足りないと感じる事が多い。

ただ、これは相談者本人の為を思って、ワザと答えを濁している回答でもある。先に答えを知ってしまう事で努力するのを止めてしまったりする相談者もいるからだ。接するだけでも高次のエネルギーは自然ともらえるものなので、パワーをもらいに来たと割り切るのもイイかもしれない。
しかし相談者としては、やはり明確な答えが欲しいと感じる人の方が多いので、このタイプの霊能者は、あまりメジャーにはなりにくい。

あと、守護神と言っても本当に様々なレベルがあるので、あまり守護神と言う存在の名前そのものに囚われない方がイイ。
あまり高くないレベルの守護神は、天罰を与えてくる様な事もあるのでちょっと怖い。
それよりも接してみて、どう言う印象を持つか。その印象が、その霊能者をサポートしてる存在の印象でもあると思えばイイ。それが心地の良いものであれば問題ないと言う事だ。

 

・低次元の存在に力を借りている霊能者

次に低次元の存在に力を借りているタイプの霊能者。いわゆる「動物霊」や「獣霊」と呼ばれる存在に力を借りるタイプ。困った事にコチラのタイプの霊能者の方が圧倒的に多くパワーもすごい。
何でもかんでも正確に言い当てるし正確に透視出来てしまう。いわゆる「よく当たる霊能者」としてメジャーになりやすい。

よく当たるので、多くの人が依存しやすい。ただ力を貸してる存在が低級霊なので情が薄い。最初は依頼者が依存しやすい様に優しく誘導し、依存しきるとそこから逃れられない様に脅しの様な態度に切り替わり「○○しないと不幸になるよ」的な言い方を平気でしてくる。そうやって多額のお金を要求してきて依頼者を追い詰める。依頼者がボロボロになって吸い取れるものが無くなった所で縁を切って捨てる。
そこまで露骨に出て来てくれると分かりやすいが、微妙にしかも着々と依存しやすい様に近付く事も多い。

なぜこんな事が起こり得るのか。そもそも特に「動物霊」と言った存在は、自分達も功徳を積んで、神様になりたいわけだ。しかしアチラの世界はコチラの世界以上に「似た魂の惹き合う世界」なので、人間同様、動物霊達もアチラの世界では功徳を積みにくい。だから物質次元に来て人間に憑いて、その人間に功徳を積ませて、その功徳のエネルギーを吸い取って、自分の霊格を上げようとしているのだ。

この世は写し世とも言い、この世で起こる事はアチラの世界では既に「キー」となって起こっている事なので、アチラの世界の住人にとっては、コチラの世界で何が起こるか、個人的なちょっとした未来の事なら手に取るように分かる。なので動物霊達も特にそう言った霊的なパワーを利用した方が人間に受け入れられやすい。だから特に霊的なものに興味を惹かれやすい人を選んで、その人にとり憑く。
すると憑かれた人間は突然霊感が鋭くなる。何でも視えるようになる。ついでに動物霊もいかにもって感じの神さんに化けて、その人を誘導する。「私は、ふがふがの神です。アナタには多くの人を救う使命があります。その力をアナタは持っています。今こそ、その力を役立てるのです。」なんて感じで、その気にさせる。その人は突然、霊力が開花したと思い込んで、そのまま霊能者になる。
そして来る人来る人の問題をズバズバと言い当て、言う事がすごく当たるから嫌でも人気が出る。大成功する。テレビ出演して人気の出るタイプもいるだろう。

エリアシフト 霊的理解

しかし所詮動物霊なので、ちょっと飽きっぽい。沢山の人に感謝されて沢山功徳がつめれば、もう人間に用は無い。5年から10年も経たないうちにスッと離れてしまう。
その結果、憑かれていた人は、急に霊感が無くなる。元々、動物霊に借りてた霊感なので当然だ。
同時に運気も全部、動物霊に持っていかれてしまうので、テレビに出てた霊能者で言えば、このタイミングで急に霊感が無くなり、テレビに出る事を拒む様になる。
また本人の悪事がバレたりで急激に運気が堕ちる。霊能者としてやっていけなくなる。
しかし、そんな風に運気を持っていかれて動物霊が離れて終わる形なら、まだ人生やり直せるので幸せだ。中には動物霊に魂まで持っていかれて突然、事故などで命を落とす人もいる。

動物霊に憑かれたまま亡くなると、その動物霊の眷族となって人間に転生する事が難しくなってしまう。そして眷族となったその人も動物霊として、また人間にとり憑いて霊力を貸す。
なので低級霊に力を借りる霊能者と言うのは、本当はその人本人が一番気の毒なケースとも言える。
もちろん依頼者も、まぁ、よく当たるんだし、ちょっと見てもらうぐらいだけなら大丈夫かもしれないが、依存するようになると、依頼者の方にもその動物霊の眷族を付けられたりして、その霊能者と同じパターンに追い込まれる可能性もあるので、無暗に関わる事は、お勧めはしない。

 

・元々その人自身が霊的な力を持っている霊能者

あと、元から多少霊感のあるタイプもいるだろう。ただ、それだけで霊能者になると言う人はあまりいない。
多くはそこから興味を持ちだし、上記の高次あるいは低次の存在にサポートされる形に変化していく。

囚われから見た霊能者

さて、この霊能者の話になると、とてもここで全ては書ききれない。散々色んなタイプのいわゆる霊能者と呼ばれる人達をみてきたが、その8割以上が途中で低級霊に乗っ取られてしまうので、この人なら大丈夫と言える人が一人もいない。
どれだけ霊力がすごくても、何体も守護神がついていると言う霊能者も、お坊さんも、宗派も何も全く関係なく、次々とあっけなく途中からおかしくなる人を見てきたので、そう言う人達に縁付く自分自身よっぽど前世でキワドイことやってたんだろうなと反省させられてしまう。
もちろん今でも、あの人は大丈夫と思える人は何人かいるが、そう言う人達は霊能者でもなんでも無く、普通のセラピー系のヒーラーさんであるとか、まぁ、霊視とかお祓いとかとは縁遠い人達に限られる。
だからこそ私も今世は、ソッチの世界には足を踏み入れず、岩場の陰からコッソリ覗きながら情報を集めて、少しでもそう言う事に巻き込まれてしまう人が増えない様にこうして記事に出来てる部分もある。

そんな訳であらためて、以下は「囚われ」と言う視点から見た霊能者の霊的な構図だ。

エリアシフト 霊的理解

まず、一般的に人の心の中の状態を上記の①の様に分ける。通常は特定の領域に極端に偏らない限りは、そのまま亡くなった後、④の通常ルート、つまり普通に成仏して、アチラの世界に行って、また人間界に転生してくるコースだ。このコースについては次回改めて詳しく書く。

例えば霊的なものに興味がある、あるいは元から霊感が強い等の傾向がある場合、特に「嫌悪」「孤独」「不安」が強い状態で、そう言ったものに興味を持つと動物霊などの低級霊と縁付きやすくなる③。

逆に「嫌悪」「孤独」「不安」の無い状態、ここでは一応「安定」「利他」と表現してるが、ようは気持ちが安定しており、常に前向きな人は、自然と神仏と縁付きやすく、低級霊とは縁付きにくい②。

そもそも気持ちが安定してる人は、自らそう言った霊的な力を付けて悪霊を祓いたいとか、そんな気持ち自体沸いてこないだろう。
言い方を変えれば、今の自分の心に満たされた感が無く、何か欠けている感があるからこそ、霊的な力を得ると、そこが満たされるものと潜在的に錯覚している為に、霊的なものに興味を持ちやすい。

特に動物霊は、そう言った人間の弱い部分を理解しており、失恋や事業の失敗で落ち込んでいる時、あるいは霊的なものに興味を持ちだすタイミングを狙って近付く。「私があなたを助けてあげる」的な態度で寄りそう。それがまた怖いくらいに当ったり、手に取る様に分かったりする様になるから、どうしても憑かれた人は、そこにのめり込み易い。特別なパワーが身に付き、何でも思いが叶う様になる。それで自分に霊力が付いたと思い込むようになると、あとは動物霊の思うがままになる。

高次の存在に化けた低次の存在の現れ方

ここで低次の存在の現れ方の一例を紹介しておく。とにかくいろんなケースがあるのだが、確かにこんな事が起こると騙されるかもって感じのものを一つ選んだ。特に霊的な関係の仕事をされる方や関わっている方には読んでおいてもらいたい。

・動物霊のパターン

Aさんは20代のスピ系大好きOL。ある日こんな夢を見る。
Aさんの前に観音様が現れて「早くアナタの使命を成しなさい!」「明日ふがふがカフェに向かいなさい。そこで待っています!」そんな風に言われた所で目が覚める。

「ナニ今の?ただの夢?だいたい“ふがふがカフェ”て聞いた事が無いよ」と思いつつ何だか気になりネットで調べてみるとホントに「ふがふがカフェ」が見つかってしまう!
しかも「ふがふがカフェ」は占いカフェだ。そんなに遠くなく隣の駅。これはもしかしてこの店で占ってもらいなさいと言うサインなのか?Aさんは、ちょっと面白そうだと思い、何気にお気に入りの黒いワンピース姿で出かける。

隣の駅を降りて「ふがふがカフェ」を見つけてビックリ!入口の横に観音様の像がある!
「もしかしてこの観音さまに呼ばれたの??」これは何かの運命だと感じるAさん。
しかし入口の横に「本日占い出来ません」と出てる。
「ええ~!!」ちょっとガックリするAさん。
でも、気を取り直し、とりあえず店に入る。

すると何故か店長らしき人がビックリした顔でこっちをジロジロ見てる。
不思議に思いながらも、今日は占ってもらえないのかと店長に聞いてみる。
すると店長はちょっと落ち込んだ様子で「実は3日前、占いを任せていたB先生が病気で亡くなってしまって、もう占いが出来ないんです」と言う。
これはどう言う事なんだと思いながらも「そうだったんですか・・」とAさん。

しかしそこで店長が続ける「あなたは占い師さんですか?」
Aさん「はぁ?違いますけど」
店長「そうですかぁ。実は占いのB先生が亡くなる前に妙な事を言われてね‥」
「“私が亡くなった3日後、20代の黒いワンピースの女性が現れ、私の後を継ぎます。その方はふがふが観音の化身です”って言ってたんです。」
ふと自分が今、黒いワンピースを着ている事に気付いてビックリするAさん「じ、実は私も今朝、夢の中で観音様にここに来る様に呼ばれたんです!」
Aさんと店長は二人して「こ、これはやっぱりふがふが観音様の導きだ!」と確信!

やがてAさんは、ふがふが観音のお告げのまま、その店で占いの修行を始め、ふがふがカフェの占い師として後を継ぎ活動を始め、以前の占い師B先生同様に人気も出る。
これでメデタシメデタシと言いたい所なのだが‥。

それから5年後、Aさんは突然の事故死。
Aさんもまた遺言を残す。
「私が亡くなった3日後、白いコートを着た女性が訪ねてきます。その方はふがふが観音の化身です」

これは、実話をベースに脚色した創作だ。
賢い動物霊は、こんな感じでスピリチュアルに興味を持つ人を次々と自分の眷族にする。
ようはB先生も、Aさんも、ふがふが観音に化けた動物霊に憑かれる事で霊力を発揮していたわけだ。

動物霊の言う事は、未来の事もあの世の事も、むしろ正確に教えてくれる。よく当たる。当然人気も出る。
沢山のお客さんから感謝され、功徳を積み、動物霊は力をつけてどんどん神格化する。
やがてBさんのエネルギーが消耗してくると、そのまま事故死に見せかけて、アチラの世界でBさんを自分の眷族にしてしまう。さらに興味を持ちそうなAさんを見つけて同様に眷族にしていく。
動物霊の眷族になると、人間に転生する事が出来ない。このAさん、Bさんを取り込んだ動物霊も、もしかすると元々は、AさんやBさんの様に、別の動物霊に取り込まれた人間だったと言う可能性もある。
二人も死んでる時点で気付けよ!と言いたい所だが、実際にこう言う事に巻き込まれると人間はあり得ない事の方に意識を集中してしまいやすく信じてしまいやすいのだ。「神に仕える仕事だから仕方が無いのかもしれない」と言う具合にだ。
これは孤独の回で話した「一目ぼれ」の原理と同じだ。

本当に高次元の存在の場合、ここまで指示的な事はしてこない。曖昧なサインで、どうするかは本人に委ねる。
しかし実際こんな感じで現れると、それに従わないと神様に逆らってる様で、罰が当たるんじゃないかと考えてしまうのが人間なのだ。とくにそう言ったスピリチュアルを信じる素直な人ほどそうだろう。
他には壁に菩薩様の様なシミが現れ、それを見つけた日から霊力がつくとか、いかにもマンガに出てきそうな、ちょっとカッコイイ!と思ってしまいそうな例もある。動物霊の皆様もマンガを読んで研究してるのだろうか?
それが高次の存在のサインであるのかどうか見分けがつかないから騙される。だから自分の心の領域を常に客観的に捉え、心で判断していくしかないのだ。

・自分で作ってしまうパターン

これは低級霊に憑かれると言うパターンとちょっと違うが、意外と身近に起こりやすいパターンなので書いておく。

Aさんは、アニメのキャラBくんの大ファンの女性。部屋にはBくんのぬいぐるみにポスターだらけ。それだけだったら良かったのだが、Aさんは毎朝、毎晩、Bくんに喋りかける。おはよ!おやすみ!時には悩みごとも打ち明ける。Bくん聞いて!聞いて!お願い事もする。Bくん!どうか○○が叶いますように!

そのうち何だかBくんに相談すると、アドバイスをもらってる様な気さえしてくる。Bくんにお願い事をすると叶う様な気もしてくる。なのでさらにますますエスカレート。なんだか本当に会話が出来てるような気さえしてくる。

ある時、大嫌いな仕事の同僚のCさんと喧嘩をする。Cさんの事をすごく憎いと考える。許せないと考える。
すると翌朝、目が覚めた時Aさんはやたら疲れてぐったりしている。ふとBくんが「うまくいったよ」と話しかけてきた気がした。

会社に行くとCさんが突然の病気で休みだ。大嫌いだけど同僚だからと、会社の人と一緒にCさんのお見舞いに行く。
するとCさんは「なぜかマンガのBくんに首を絞められる夢を何度も見るの」と話しだす。
それを聞いてAさんは唖然。
「まさかBくんが私の代わりにCさんを苦しめたの?」

これは「タルパ」と呼ばるものだ。昔の「式神」もこれと同じ様なものでは?と私は考えている。
自分の意識で何度も形をこねて作り上げる事で出来上がる別意識の様なものだ。いわゆる生霊や、呪いも似た原理だろう。
自分では天使さんにお願いしてるつもりが、実は自分の意識で作り上げてしまった天使の姿をした自分の分身だったって事もある。

これは作る側の人間の心が、それこそ安定している状態なら、害は無くむしろ助けてくれる存在にもなったりする。しかし嫌悪や孤独など、心が不安定な状態で作り上げてしまうと害を及ぼす事もあるのだ。
自分の魂を削って作る様なものだから、当然作ってる側の本人はエネルギーを消耗する。
あまりにも特定の気持ちに偏った状態で出来上がったものは、その気持ちに沿って勝手に行動を起こしたりするのが怖い所だ。

なのでヒプノにおいても、私は念の為「光のガイド」ではなく「ハイヤーセルフ」で統一する様にしている。
「ハイヤーセルフ」は言葉の通り「高次の自分自身」だ。その事をまずお客さんに自覚しておいてもらう為にそうしている。依存しないと言う意思をちゃんと持っておいてもらう為だ。
もちろん本物の高次のガイドとして現れる事もあるのだが、そう言う人は「ハイヤーセルフ」という呼び名であっても勝手に繋がってくれる。

 

現実世界においての応用

霊能者の見分け方

・霊能者の領域

そもそも霊能者に見てもらいたいと言う興味を持つ事自体、やめた方がイイと言いたいところだが、それで片付けては、また嫌悪されそうなのであらためて一応書こう。

以前、別記事では霊能者の見分け方として、色々特徴を書いたりもしたが、あまりそちらを過信はしないで欲しい。特徴で見分けると言うのもあくまで「情報の壁」の中で考えているに過ぎず信用できない。
では、どうやって見分けるのか、と言う話だが、結論からいって理論的に見分ける方法は無いと考えておいた方がイイ。

ただ、これも「心の状態」と言う側面から見ると、分かりやすくなる。
例えば、何人かの霊能者に視てもらうと、結構言う事がバラバラだったりする。これはその霊能者がアクセスしてる領域が違う為に起こってくる。下の図はそれを極端に表現した図だ。

エリアシフト 霊的理解

どんなクライアントでも、低次元から高次元まで様々なアチラの方々との縁はあるものだ。
そのクライアント自身の心が安定していれば、低次の存在の影響を受ける事も無いので別に心配いらない。

しかしワザワザ、○○が憑いてますと教えてくれる霊能者もいる。そんな風に言われるとクライアントは恐怖を感じる。何とかしてほしいと考える。そこでその霊能者がお祓いをしてくれる。それでクライアントが安心して、その後普通に過ごせれば問題無い。でも事あるごとに、また何かに憑かれてるんじゃないかと不安になる様になると、またその霊能者に頼る形になる。
これは、ある意味クライアントが、嫌悪、孤独、不安の領域に引き込まれていくパターンだ。

同時にこれは霊能者にとっても、嫌悪、孤独、不安の領域に堕ちていくパターンと言える。なぜならクライアントに「憑かれている」と不安がらせる時点で、これは霊能者本人も潜在レベルで罪悪感を積まなければならない。ある意味悪業を積んでるのと変わりないのだ。「憑いている」と感じるなら、本人の気付かない所で祓って、本人には「何も憑いてませんよ」と言えたらまだイイのだが、クライアントを不安がらせてから祓う事を繰り返すと、来るお客に似た不安を抱えたクライアントが多くなるのは自然なことだ。

その結果、霊能者自身もしっかり浄化が出来ず油断すると、嫌悪や孤独、不安のカルマも沢山もらう結果、同様の領域に縁が深くなる。さらに「お祓い」と言う時点でこれはアチラの方々を嫌悪しているのと同じなので、嫌悪の縁も自然と深くなる。そこにつけ込む動物霊等に憑かれたりすると、もう取り返しがつかない。

霊能者にみてもらいたいと考える人も、そう言う意味で不安を伴う霊能者より安心感を感じる霊能者を選んだほうがイイ。ただ何度も繰り返すようだが、それを理屈で判断するのは「情報の壁」の中で考えているに過ぎないのでアテにはならない。例外も沢山ある。あくまで自分がどういう印象を受けるのか感じる事が大切だ。そしてそれは自分自身が嫌悪に偏ってたりすると、その霊能者が嫌悪に偏っていても、低級霊に憑かれていても気付けないものだ。その点は忘れず、無暗に頼らない方がイイ。

これは別に霊能者を非難する為に書いてるのではない。むしろそう言った仕事をされている人に認識してもらいたい部分だ。
霊的な仕事をしている為に取り返しのつかない状態になってしまった人を沢山見てきたからだ。そんな仕事を考えてもいない私でさえ危うくその危険に呑まれそうになった事がある。だからしつこいほど書いている。
本当はそう言った事は仕事にしない方がイイと言いたいのが私の本音だ。

 

・一般の人が低級霊に憑かれた霊能者を見分ける目安

霊感の無い人が、低級霊に憑かれている霊能者を目分ける為の目安として、比較的分かりやすい特徴を以下に紹介しておく。もちろんこれはあくまで傾向としてよくある一例だ。あてはまるからと言って必ずしもその霊能者が低級霊に憑かれているとは限らない。
それを見分けるには、見分ける側の心が嫌悪や孤独に偏っていない必要がある事を忘れないで欲しい。あくまで、もし沢山思い当たる部分がある場合は、ちょっと気をつけた方がイイと言う話だ。

1.何十万も高額な金銭を要求する(不安)
何十万と言うのはあくまで目安だ。あまりにも人気があって客数を減らす為だとか例外もある。それでもどう考えてもこの金額はおかしいと感じるほど高額な時は注意した方がイイ。
2.生きた人間(クライアント)に憑依させる(不安)
憑依は生きてる人間にとっては決してよくない。(霊能者本人に憑依させる形であっても、霊能者自身にとってよくない。)
宗派で形式的にそうしている場合もあるかもしれないが、危険である事は認識して欲しい所だ。
3.予知や予言が時間まで正確に言い当てる(不安)
これが面白いほどよく当たるので、ついつい本物だと感じやすい。霊力と言う意味では確かに本物だが、その力の主が動物霊であっても本物と言ってよいのかどうかは別問題だ。
 
4.脅しの様な言い方。傷付く事も平気で言う(嫌悪)
今のままでは低級霊に乗っ取られて不幸になる地獄に落ちる的な、極端に怖がらせるような言い方を繰り返して脅してくる様な場合は、もう絶対に関わらない方がイイ。
5.言う事は素晴らしいのにプレイベートは嫌悪や孤独が強い(嫌悪、孤独、不安)
例えば、表面上すごくイイ事をサイトで書いている。ああこの霊能者はイイ人だ!と感じる。しかし、直接会って話してみた時、あるいはその霊能者のブログを見たりした時、妙に愚痴ってたりで嫌悪や孤独寄りだったりする場合、気をつけた方がイイ。
最近この巧妙なタイプも多く、表面上すごく痒くなるくらい愛の何たるかを語っていて、ああ素敵だと本物だと感じやすいが、プライベートでは陰口悪口言いまくりだったりするとヤバイ。
でもホントに高次の存在と繋がって、そう言う感じの人もたまにいるので、非常に判断が難しい。
6.性的に刺激、誘惑。あるいは口説いてくる(孤独)
男性は妙にセクシーで色っぽい霊能者には気をつけた方がイイ。その色っぽさに欲情してしまう事は、背後にいる狐や蛇に欲情してるのと同じかもしれないのだ@@!
 
7.突然霊力が付いたタイプ(嫌悪、孤独、不安)
その霊能者がどういう形で霊力が付いたか見ておくのも一つの手。何かをきっかけに突然霊力が付いたと言う場合、その時点で低級霊に憑かれた可能性がある。高次の存在の場合、多くは修行でもしない限りは前世からの縁でついている事が多く、何もしてないのに突然ついて霊力が身につく事は無い。ただ眠っていた霊力が開花すると言う事はあるが、その場合でも少なくとも小さい頃から勘が鋭かったり何らかの予兆はあるもの。
あと、動物霊は飽きっぽいので10年程で離れてしまう。逆に言えば10年以上ベテランでやってる人なら比較的信用出来る。以上は、あくまで目安だ。これを過信はしない様に。例外も沢山ある。

思い当たる霊能者がいた場合

もし、上記にいくつもあてはまってしまう様な霊能者を見つけた場合は、まず自分が縁を切る事だけを考えた方がイイ。間違っても何とかしたいとか、他の霊能者に何とかしてもらおうとか、私に知らせようとかしないで欲しい。

実際にあったのだが「このサイトの霊能者怪しいです!確かめて下さい!」と寒気のするメールを頂いた事が何度かある。
つまり、そうやって怪しいと思いながらその霊能者のサイトをじっくり見ている時点で、すでに貰ってはいけないエネルギーをもらってしまっているのだ。さらに、そのエネルギーを私に繋げて、私を乗っ取ろうとする動物霊の方々も連れて来られるので非常に困る。
もし私が「霊能者として活動します」なんて言い出した時は、二度とこのサイトも見ない事をお勧めする。万が一そうなった時の為にWEB版でもここまで公開しているのだ。
こう言った情報をネットで書くのは、動物霊の方々にとっても非常に邪魔な事なのだ。彼らもある意味、苦しくて人間を利用しようとしている。さぞかし気に入らない事だろう。ごめんなさいねぇ。

そんな怪しいサイトを見てしまった時は、無暗に何とかしようとせず、まず忘れる。霊的な事以外の現実的な事に集中する事だ。私もそれしか返信は出来ない。
中にはそれでも興味深々で見てしまい、そのままその人自身、動物霊に憑かれて霊能者になってしまった人もいた。多分こう書いても本人は自分の事だとは絶対に思わない。わずかでもそうかもしれないと感情が動いたらすぐに霊的な事から手を切る事だ。

HPを見るだけで憑かれるの?と思うかもしれないが、憑かれるとまではいかなくともエネルギーはもらってしまうもの。そのHPでお客を引き込む為のエネルギーだ。これは別に怪しいサイトに限らず、普通のひとのHPでも、ちゃんとその人のエネルギーが発せられている。

自分自身の心が安定している時は、同じ様に安定した心のサイトに惹かれる。でも嫌悪に偏ってる時は、同じ様に嫌悪に偏ったサイトに惹かれ、ますます嫌悪が強くなる。どの霊能者が本物だとか、そんな情報に囚われるより、まず自分の中の嫌悪や孤独を無くす事。無くなれば、そう言った低級霊に憑かれた霊能者と縁が深まる事自体無くなる。

霊能者自身、動物霊に憑かれない様に気を付けるには

・動物霊の特徴

次に霊的な仕事をされている方々向けに説明する。特に動物霊の被害が最も多いので、その話が中心になる。別に霊能者になる事が無ければ関係の無い話だが、霊能者で無くても、そう言った霊的なものに興味を持つ人に何かの拍子に狙われる事もあるので書いておく。

動物霊は特に知られているのは、蛇、狐、狸の三種だ。これはあくまで私の経験上の目安で、必ずしもイコールではないが、「嫌悪」の強い状態だと「蛇」と縁付きやすく、「孤独」が強いと「狐」、「不安」が強いと「狸」に縁付きやすいものと捉えている。
実はエリアシフトの浄化編の「嫌悪」「孤独」「不安」はこの動物霊の対処法を考えて色々調べて整理していく中で出来てきた概念だ。そう考えると何だかあやし~ひ感じだが、ここを読む頃には浄化編も読み終っているはずなので気にしないでいただきたい。

 

「蛇」
蛇は攻撃的で脅す様にアクセスしてくる。特に腹痛や熱など起こさせて攻撃してくるので怖い。狐と同様、性的に刺激してくるタイプもいる。宗教団体の指導者が蛇に憑かれていて、信徒が気付かずに一般人に眷族を憑けて信徒に取り込むと言うパターンもあった。しかし何故、蛇なのに動物霊と呼ぶのかは私にもわからない。
「狐」
狐は性的に刺激してくる。結構、狐に憑かれた女性霊能者と言うのは妙にセクシーで、お世話になりたい様な、なりたくない様な、複雑な気持ちでドキドキする(笑)。身に付けるものやたら派手になる。特に霊的な仕事に力を貸そうとするのは、この蛇と狐が多い。
「狸」
狸は可愛い‥と言うと変だが、オドオドしながらも、懸命に誘惑してくるが、一睨みすると隠れてしまう。憑かれるとやる事もフザけていて、まさに狸に化かされた的なワケの分からない体験をさせられる。正直、狸はあまり攻撃的では無い為か、私もあんまり寒気がしなくて判別しにくかった。でも憑かれたまま死ぬとやはり眷族になってしまう様なので気をつけたい。
また事業主に憑くと商売が大当たりする時と借金地獄に追いやられる時とを繰り返し波が激しい。

他にも色んな動物霊はいるが、主によく出てくるのは、この3種だ。
しかし、ここで一応気付いて欲しいのは、私自身がそうやって動物霊を見てしまう時期があったのは、当時の私自身の心が「嫌悪」「孤独」「不安」に偏っていたからだと言う事を忘れないで欲しい。
今は、そう言った低級霊を直接見かける事は無い。たまーに体が震えると言う程度で、そういう気配を感じさせる人と会う事があっても、もう私には、どう言うのが憑いてるとか、あまり見えないのでわからないし見たいとも思わない。
それは私なりにも努力して、「嫌悪」「孤独」「不安」の要素をカウンセリング等を通して、自分の心と向き合い排除してきたので、自然と見えなくなっていった、波長そのものが合わなくなってきたからだ。

なので霊的なものが見えると便利だとか、見える様になりたいとか、興味を持つ人も沢山いるが、決してお勧めはしない。
特に上記の様な低級霊や動物霊といった類が見える様になってしまったら、それは自分の心が「嫌悪」「孤独」「不安」に偏ってきていると言う事を忘れないで欲しい。

そして霊的な仕事をされる方も、常に自分の状態を客観的に感じる事が大切だと思う。
別に何も修行していない私が、それなりに修行して霊能者になられる方に対して言うのも失礼だが、それは今世の話で、前世においては私も度々修行してきて、その記憶の多く思い出しつあるから言える事でもある。
修行と言うのは今も自分自身を意識レベル的にもエネルギー的にも上げていく事がベースとなっているとは思うが、そもそも何故、人の意識がここまで下がってきたのか、その部分に具体的にメスを入れている所はないんじゃないかと思う。

だから多くの場合ある程度修行がすすんだ所で、煩悩を刺激してくる形でのブロックが入る。様々な魔が足を引っ張りに来る。煩悩と戦う段階だ。
しかしこの煩悩は言い方を変えれば、潜在意識において引っかかりとなっている多くの前世の傷と直接向き合う事への恐怖から煩悩を大きくしてしまっている事が多い。その大きくなってしまった煩悩と向き合わなければならない為に苦行になってしまう。

そう言った意味でも、この霊的な話に入る前に浄化編で嫌悪や孤独について沢山書いてきた。
これは私の知り合いにおいても、密教系で修行されてる方でさえ、途中で動物霊に憑かれて堕ちてしまった人を何人か見てきたので、あえて書いてる事だ。

・動物霊の入るタイミング

特に「自分は大丈夫だ」と言う考えに囚われてしまう時が最も危険だ。
お客さんと言うのも多くが「助けて欲しい」と言う依存心一杯で来られる事が当然多い。これは仕方が無い。
しかしその依存心と同時に沢山のカルマを知らず知らずに霊能者に預けてしまう部分も多く、それによって気が付くと霊能者自身の波長も大きく下がってしまう事がよくある。

そのタイミングを狙って、それまで自分を守り導いてくれていると感じていた守護神が、いつの間にか低級霊がその守護神に化けて入れ替わり、乗っ取られるなんて事がよくあるのだ。
低級霊も嫌悪や孤独の領域の存在なので、自分自身が嫌悪や孤独に強く偏っているタイミングが乗っ取られやすい。
やたら嫌悪寄りのお客さんが増えてきた時も気をつけた方がイイ。どうしても霊能者側のエネルギーも嫌悪寄りに引っ張られてくる。
そういう時は無理せず休暇をとって浄化に専念できる期間を作った方がイイ。

ヒプノは霊的なものとはあまり関係ないが、霊的な世界は私自身も前世で散々関わってきただけに油断が出来ない。
事務所にオラクルカードがあり、お客さんに使う事は無いが、自分の事でちょっと確かめておきたい事がある時は、これが結構当たるのでたまに引く。
いつもなら自分の場合、引いたカードがメッセージで、その時の一番下にあるカードが、メッセージの送り主としてカードに現われる。

ある時、ちょっと迷う事で引いた時、妙に違和感のある答えが出てくる事があった。いつもの高次元の存在らしくない答えだ。でも送り主としては、その高次の存在のカードが出てきてる。あれ?と思って、意識を集中すると軽い寒気がした。で、それに関わる一連の答えは信用しない事にした。翌日に同じ事を尋ねてみると、昨日とは違っていつもらしい答えが出た。
おそらくちょっと低次の存在が、高次の存在に化けて割り込んで入ってきたのだろうと思った。
こんな何気ない所から、低次の存在は近付いて割り込んでくるから怖い。

本当に高次元の存在になってくると、まず罰をあててくるなんて事はしない。
なので変に恐れず失礼だとは思わず、あくまで高次の存在はサポートであり、どうするかは自分で決めていくと言うスタンスは忘れない様にしなければならない。
高次の存在であっても、そこに依存するようになってしまったら終わりだ。そう言った存在とアクセス出来る様になったとしても、いつでもその存在が偽物だったとしても、その事を素直にちゃんと受け入れられる自分である事を保っておくのもすごく大事だ。

同時にもう一つ付け加えておくと、残念な事だが嫌悪や孤独、不安の要素が無くなってしまうと、そういった霊感を付けたいとか、そう言う興味自体が無くなってしまう。
つまりそう言った霊能力的なものに関心があると言う状態自体が、例えば周りに注目されたいとか、愛されたいとか、そう言った心に満たされないものに囚われている為に起こる興味とも言える。
こんな記事を書いてる私自身も偉そうな事は言えないが、そう言う部分があると言う事も自覚しておいてもらうだけでも大きな違いが出てくるとは思う。

もし憑かれてしまったら

・その辺の不浄霊に憑かれたと思ったら

憑かれたと思ったら、普通はお祓いに行きたいところだ。しかし正直言って私はお祓いも怖い。祓ってもらってるつもりが確かに憑いてたものは祓われたが、代わりに違うものを憑けられたと言う事もよくあるからだ。
と言うか、憑かれたと自分で分かるぐらいなら、自分で祓えると考えていい。
人に言われたら、言った人に責任を持って祓ってもらえばいい。ちょっと見える人も無責任に憑いてるなんて不安がらせる様な事を人に言ってはいけない。これも立派な悪業になる。
そもそも死霊と言うのは、生きてる人間ほどの力は持っていない。生きてる人間の念の方がよっぽど怖い。
ちょっと肩をはらう感じで、自分で祓えばイイ。そして決してそれ以上、霊的な事に興味を持たない事だ。嫌悪や孤独にも偏らない。
そして何より現実生活に集中する事だ。

・動物霊に憑かれたら

ちょっと厄介なのは、このパターンだ。動物霊はレベルを上げる為に人間に憑こうとするので、元々霊的なものに興味の無い人なら気にしなくていいが、ちょっと霊力をつけたいとか、興味でそういった分野に首を突っ込みやすそうな人は狙われやすい。
一度憑かれてしまうと、まずいつも意識がモヤモヤする。またイライラする。嫌悪や孤独、不安が強くなる。人間関係も波が立ちやすくなる。
次に何故か霊的な商売を始めたいと考える様になる。いわゆる占い師や霊能者になって稼ぎたくなる。あとはもう人の話が都合のイイ部分しか入ってこない。人の傷付く様な事も平気で言える。

早い段階で動物霊に憑かれたかもしれないと自分で気付けたらまだ助かる。生きてる人間の念の方が強いと言う事を信じて、しっかり強い気持ちで「離れろ」と念じる。そしてやはり霊的な事には興味を持たずに現実生活に集中する事だ。

気付くのが遅くなるともうどうしようもない。「自分は正しい」と言う考えに囚われてしまうので、周りの人間ももう諦めて近寄らない事だ。「動物霊に憑かれてるよ」とか、「お祓いしましょうか」なんて声をかけても「憑かれてるのは貴様だ!」と言われるのがオチだ。運よく数年で動物霊が離れてくれる事を願うしかない。
逆に言えば「自分は動物霊に憑かれているかもしれない」と考えられる様なら、まだ自分で何とか出来ると言う事だ。

憑かれないようにするには

最後にあえて繰り返し書いておこう。つまらない霊に縁付かない一番確実な方法は、自分自身から「嫌悪」「孤独」「不安」の要素が消える事だ。
浄化編を繰り返し読んで、自分の親との関係性をしっかり振り返り、引っかかりが感じられたら、そこをしっかり感じ直して満たされない感情を言語化していく。そう言った形で常に自分の心の状態を客観的に感じ続けていく事も、つまらない霊に憑かれない防衛策になる。
霊的なものに元から興味の無い人であれば心配する事は無い。関心の無い人にまで影響を与える事は低級霊達にとっても大仕事になるからだ。
ちなみに「私は憑かれていますか?」とメールを送られても、「私には見えないのでわかりません。心配ならまず現実生活に集中して下さい。」としか私は答えられないので、ご了承願いたい。

それでも心配だと言うのなら、わかりますね。最下部のリンクをクリックだ!

【次回予告】

次回はいよいよ最終回だ。今回は低級霊と言うものについて主にその危険性などを語った。
次回は、死後の話、輪廻や高次元についての話だ、天使や神々、また非物質次元を含めた、我々の魂のあるこの次元そのものの話になる。

エリアシフト 霊的理解

 

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