WEBエリアシフト 2-孤独の浄化

グループワークで行っている「エリアシフトワーク」がどう言ったものなのか、また京都は遠くて受けれないと言う方の為に、その内容の一部を紹介していきます。ネット上で公開できるのには限度もありますが、それでも読むだけでも色々気付かれる事もあると思います。

*以下は別サイト「ゆらとふるへ」で公開している記事と同じものです。

孤独の検証

「嫌悪の領域」と、もう一つ苦しい領域が、この「孤独の領域」だ。

「孤独」の領域に入ると、たえず寂しさや不安感が付きまとう。特に恋愛対象に対して必要以上に囚われてしまいやすくなるので、そこがネックになって失敗し易い。
恋愛以外においても、人と騒いだ後たえられないほど寂しくなったり、孤立し易かったり、自信が持てないとか、感情が不安定だとか、嫌悪とは逆で、自分の内側に意識が向く様な形で、様々なケースはあるのだが、今回このWEB版では、特にこの恋愛問題に焦点を絞る。

例えば誰と付き合っても、相手に捨てられるんじゃないだろうかと不安になる。本当にあの人は私の事を愛してくれているのかと、相手を試す様な事をしてしまう。真夜中に呼び出したり、時にはワザと他の異性と仲の良い所を見せて嫉妬させたくなる。

また相手が浮気すると許せない。束縛したくなる。また過去の人に囚われ何年経っても忘れられない。むしろ時間が経つほど美化されてしまい苦しくなる、なんて事もあるだろう。

わずかな時間でも寂しさを感じるのが怖くて、たえずそばに恋愛対象がいないと落ち着かない。その結果、恋人がいるにもかかわらず、他にも恋愛対象が出来て、トラブルを招く人もいる。
でもそんな気持ちで出会う相手も、また気の多い人や、浮気性の人ばかりで、結局、似た様な出会いや別れを繰り返し、いつまで経っても満足できる相手に出会えない。何度も何度も傷ついて、でもやっぱり恋愛無しでは生きていけない。

「孤独の領域」に入ると、この様な恋愛面で不安定な状態に陥る事が多い。男性の場合は、さらに性的な情報に必要以上に囚われてしまう状態も含まれる。「性欲」は人間の社会では、別に悪い事でも何でもない。むしろ「性欲」がなければ人類は滅んでしまう。それはそれで困る。
ただ、人間より高い次元に行くと「性別」そのものが無くなっていくので「性欲」は必要無くなる。いや、無くなると言うよりは、高い次元においての必要なエネルギーに置き換えられると言ってもいいかもしれない。

例えば色んな宗教の修行者も、我々凡人から見れば、なんでそんなワザワザ苦しい「禁欲」をするのかと、不思議に思える部分もあるだろう。しかし、本来の修行は「食欲」「睡眠欲」「性欲」も我慢するのでなく、意識が高い次元に移ると自然と「必要が無くなる」あるいは別のエネルギーに「変換される」ものであり、本人達にとってはむしろ心地の良い状態なのだ。
逆に我々は欲を満たす事によってしか楽にならないと錯覚して、意識がそこにとどまってしまう為に、その状態を繰り返して苦しくなってしまうだけなのだ。

上記の恋愛等に苦しむ状態にしても、言い方を変えると寂しさの原因「私は愛されてないのでは?」と言った不安感が「恋愛」によって解消されるものと錯覚して、そこに囚われてしまう為に苦しみが続いてしまう。

そもそも何故その「さみしさ」が心にあるのか、その本当の原因が自覚出来ない限り、延々と「寂しさ」は無くならないのだ。

この「孤独の浄化」の章では、その「寂しさ」の原因と向き合って浄化していく事が目的となる。
まずは、またしても下記のスクリプトに挑戦してみて欲しい。

孤独要素の検証1

あなたの好みのタイプの異性の特徴を書き出してみる。(例:優しい人、カッコイイ人等)

次にもう一つ、今までの恋愛で、よく縁づいてしまう異性の嫌な特徴を書き出してみる(例:口うるさい人、だらしない人等)

書けたら、下の「検証2に進む」をクリック!

≫検証2に進む

以下の項目で、自分の両親にも当てはまってる部分があると感じる場合は、それぞれにチェックを入れる。

≫検証3に進む

まず以下は、あなたの意識が特に集中を起こしている項目だと言える。

 

その中でも、以下の項目は「両親を恋愛対象に重ねて求めている項目」と言える。

 

そして、以下の項目は「両親を恋愛対象に重ねて無意識に引寄せてしまっている項目」と言える。

 

これは嫌悪と同様、自分で認識できる分、本当に相手に必要だと思える部分、そうでない部分を意識していけば、コントロール出来る。

では、書きだした項目の中でチェックを入れていない、両親にも当てはまらない要素はどうなるのか。

これらは、WEB上で簡単に一般論で片付けられる範囲のものではない可能性があるので、ここでは省略するが、続きを読まれる中で、その裏にある気持ちに意識を向けてご自身で探っていかれると、あらためて両親や自分の中に共通項が見つかるかもしれないし、あるいは別の何か原因のヒントが見つかるかもしれない。

 

孤独の領域の特徴

恋愛においての不安感

例えば、すごく浮気性な彼がいたら。多くの人は、その彼の事が許せなくなるだろう。
しかしそこで何故浮気したくなるのかをちょっと考えてみて欲しい。「私に魅力がないから?」と考えるのは早い。

浮気する彼が自分の恋人だけで満足できない理由の一つは、その満たされない感が、他の女性であれば満たされるかもしれないと錯覚していると言う事だ。
しかし浮気性の彼の不足感は、誰と付き合っても満たされる事はない。どれだけ沢山の女性と付き合っても満足する事はないだろう。

何故か。そもそもその不足感がどこから来ているのか考える必要がある。その原因として出て来やすいものの一つに、嫌悪と同様、幼少期の親との関係性の問題がある。
つまり彼の「不足感」は、例えば幼少期の彼の母親に対する「不足感」かもしれない。どんな女性によっても満たされず、幼少期の彼の母親によってしか満たされないものかもしれないのだ。

さっきの「孤独の検証」スクリプトで気付いた人もいるだろう。多くの人は恋愛対象に対して、特に異性親を当てはめやすい。男性は母親、女性は父親の代わりを恋人に求めやすい。どんな親であれ、自分をここまで育ててくれた存在であれば、潜在意識では安心感を感じている部分がある。その安心感を恋人に求めてしまうのは自然な事だ。ただ同時に親の嫌な部分まで相手に無意識に求めてしまう事もある。
父親が酒乱で嫌だったから、お酒の飲めない真面目なイイ人と結婚した。でもそんな真面目なはずの彼もお酒を覚えてしまうと実は酒乱だったなんて事もある。気が付くと親ととてもよく似ていた相手だったなんて事がよくあるのだ。

そして、そんな親もまた沢山の満たされない感を抱えて大人になった人であり、時には自分の幼少期に満たされなかったものを、自分の子供には満たせてあげたいと考える。意地悪な言い方をすれば、無意識に自分の子供を利用して、自分自身の幼少期を癒そうとしている様な事もあると言えるのだ。これは子供に限らずペットを可愛がる心理なんかも、過去の自分をそこに投影してしまいやすかったりする。
別にそれは悪い事でも何でもなく、ただ過剰になった時に色々と支障が出やすいと言う話だ。

かと言って完璧な子育てが出来る親など、そういるものではない。そんな子育てのできる人なら、そもそも別に子供が欲しいとかあまり考えない。人間に転生してくること自体無いかもしれない。

エリアシフト 孤独の浄化

中には子供に投影するまでの余裕さえなく自分の事で精一杯で子供の事を放ってしまう親も沢山いる。

例えば、共働きで常に母親が忙しくしていたら、そんな母親の大変そうな姿を見ている子供は、母親に対して遠慮してしまい甘えたくても素直に甘えられない。それが親から見れば「しっかりした良く出来た子」としてしか映らないかもしれない。

「本当は甘えたいのに甘えられない」そんな想いを幼少期に沢山味わった子供は、その想いが潜在意識の深い部分に刻まれたまま大人になっていく。

そのうち、そんな小さい頃の事はすっかり忘れてしまうのだが、潜在意識にはしっかり刻まれたままである。
やがて大人になった時、何かよく分からないが漠然とした寂しさと一緒に「甘えたい」と言う感情が強くなったりする。その寂しさはきっと恋人がいれば甘えられるし解消されるに違いないと考え恋人を作る。

しかし寂しさはどーも解消されない。たえず恋人と一緒にいないと不安で仕方がない。じゃあ、恋人とずっと一緒に暮らすようになれば解消されるだろうと考え結婚する。
しかしやっぱりその漠然とした違和感や寂しさは消える事が無い。そんな時、他に魅力的な人と出会うとまた惹かれ、もしかしたらこの人となら自分の寂しさは消えるかもしれないと浮気するようになる。きっと結婚相手は運命の人ではなかったのだと、離婚そして再婚。
しかし再婚相手もまたいくら一緒にいても寂しさが消えない。また浮気するようになる。そんな事を繰り返す。

幼少期に甘えられなかった寂しい気持ちが、恋人によって解消されると錯覚したままでいる為に、そんな事を繰り返してしまう。
その「寂しさ」は、その「甘えたい」と言う気持ちは、幼少期の自分の親によってしか満たされる事はないのだ。

全ての恋愛のトラブルの原因が幼少期にあるとは限らないが、多くが幼少期、あるいは前世においての幼少期に原因が見つかりやすいので、まずその可能性を考えるのがスタート地点とも言える。

苦しい恋愛ほど本物だと錯覚する

孤独の領域は常に不安感、不足感を伴う苦しい領域だ。嫌悪の領域と同じで、似た要素を持った魂は惹き合うので、孤独の領域に偏ると、やはり同じ様に潜在的孤独感を持った人、不安感、不足感を抱えている人に惹かれやすくなる。

一見、同じ寂しさを持っているだけに理解し合えて、癒されそうなものだが、同じ部分が欠けている者同士で、その欠けた部分を埋め合わせる事はとても難しく、結局苦しい恋愛になりやすい。
そして困った事に、うまくいかない苦しい恋愛ほど余計に惹かれあってしまいやすい。本物の愛だからこそ苦しいのだと考えてしまいやすいのだ。

その苦しさに恋愛の醍醐味を感じる人なら引き止めはしない。大いに苦しんで欲しい。ただ苦しい恋愛は、その苦しさが潜在意識に残りやすく、輪廻を繰り返す上でも延々と似た苦しい恋愛を繰り返してしまう事が多いのだ。

エリアシフト 孤独の浄化

スピリチュアル的な言い方をすれば、一緒に苦しみを共にして学んでいる二人なんだよと言う言い方も出来る。

それはある意味確かだ。先ほどの浮気性の彼の話にしても、そんな彼を好きになってしまうと言う時点で、彼女自身も何らかの彼に似た要素を持っていると言える。
それは表面上は共通点が無いかもしれない。彼女は浮気はしないかもしれない。でも彼と同じ漠然とした不足感は深い部分に持ってるかもしれない。もしかすると彼の子供の頃の話を聞くと、彼女の子供の頃と似た部分が沢山見つかってくるかもしれない。だからこそ惹かれあっているのかもしれない。
だからこそ一緒にいて互いに苦しんで学んでいるのかもしれない。

ただ、そんなカップルの前世をヒプノで見ていくと、似た様な苦しい出会いと別れを、何度も何度も何度も何度も繰り返してるケースが多いのだ。
いつになったら学び終えるのか。いつになったら幸せな二人になれるのか。必要なのは自分達が囚われているものに気付く事、それが相手ではなく自分の過去にある事に気付く事が重要になってくる。

人それぞれ寂しさつらさの形は様々だ。誰一人として全く同じ寂しさつらさを持っている人はいない。相手を知るほど、その寂しさの形が違う事に余計寂しさが増すような事もあるだろう。
理解してくれる人を懸命に捜す前に、そもそもなぜ自分は寂しいのか、不安なのか、そこから探っていく必要がある。

孤独の浄化

ここから潜在意識の孤独要素と向き合っていく話になる。嫌悪と同様に人によっては浄化作用が起こる可能性がある。
孤独の浄化は主に人間関係の中で感情が揺さぶられる形で起こってくる。

例えば上記の様な恋愛でトラブルを抱えているケース、どーも彼、彼女が浮気してるっぽいなんて状況の場合、この孤独の回を受け終わった直後に、その彼の浮気現場を目撃してしまったと言うお客さんも何人かいた。

これは普段からモヤモヤしたものを抱えている人ほどそこに集中が起きる為、それに対して決着をつけなければならない、向き合わなければならない様な状況に現象が動きやすくなる。
そこで相手とあらためてしっかり話し合う、あるいは断ち切るといった行動が出来ると、状況にイイ意味での変化が起こる。逆に何でもなかった様にその状況をスルーすると、また以前の状況に戻ると思ってイイだろう。
苦しくても今のままがイイと言う人は、この先、読まない方がイイかも知れない。特に恋愛、人間関係で困ってない人は、別に何も起こらない。今後の参考程度に読まれればイイだろう。

 

孤独がなぜ生じるのか

潜在意識の作用

孤独の領域は「私は愛されていない」と言う不安から片寄りやすい領域だ。だから必要以上に「愛されたい」と言う気持ちが強くなり、愛されていると感じさせてくれる相手に執着する。しかしそれで不安が無くなるわけではなく、いつかまた愛されなくなってしまうのでは?と言う不安はかき消せない。その消える事のない潜在的不安感が様々なトラブルを引寄せてしまう。

この「私は愛されていない」と言う不安感は、どこから生じるのか。これも嫌悪と同様、過去にその原因が見つかりやすい。
ここでもう一度、嫌悪の回でもあった潜在意識の図を見てもらいたい。
嫌悪の回でも書いた様に、図の1、2、3の流れが「孤独」の領域に入るパターンの一つの例だ。

エリアシフト 孤独の浄化

では何故、幼い頃に感じた「寂しい感情」が、大人になる頃には「恋愛によって寂しくなくなる」と錯覚するのか。

もちろん幼い頃の感情を忘れてしまうと言うのも一つだが、もう一つ潜在意識にある感覚、感情が、顕在意識まで浮かび上がってくる前に、それを遮る「壁」の問題がある。

心理学では「クリティカルファカルティ」と言う、舌を噛みそうな名前の膜で表現されている。

これは10歳前後の頃に出来る膜で、ある意味この膜のおかげで、潜在意識が守られているとも言われる。他人から傷つく様な事を言われても、この膜が守ってくれるおかげで、潜在意識まで深く傷ついたりしない様になっている。

心理学では偉い学者さん達が、理解し易い様に形のない「心」に懸命に沢山の名前を付けて整理してくれている。
だが、実際にはこの他にも何たら意識だの、どうたら層だの色々あるのだが、学者さんによって違う概念を持ち込んだり言い方を変えたりで、我々一般人にとってはより一層分かり難くさせられている。

誰も見た事の無い形の無いものに形を当てはめようとする事自体に無理があるので、何も難しく理解しようとする必要はない。なので、とりあえずここでは仮に下の図の様に、潜在意識と顕在意識ともう一つ、その間に「情報の壁」と言うものがあるものとして、この3つだけでイメージしてもらえればいい。
上記のクリティカルなんたらも「情報の壁」の一つだと解釈しておいてもらえればいい(下図参照)。
(結局また違う概念で話をややこしくしてる様な気がするのは、多分気のせいだ。)

エリアシフト 孤独の浄化

この「情報の壁」が何かと厄介なもので、潜在意識で生じた感覚的なもの、例えばこのサイトの常連さんが好きそ~な第六感的な感覚も、潜在意識においては何か嫌な感覚としてキャッチできたとしても、その嫌な感覚が顕在意識まで上がってくるまでに、この情報の壁によって余計な分析をされてしまう。

体ではダイレクトに「寒気」として感じられる事があったとしても、過去の経験から寒気がするのは「風邪をひいた時」あるいは「気温が低い時」などと言った形で分析され情報に置き換えられ、顕在意識にたどり着く頃には「ああ、ちょっと風邪をひいたのかな」と解釈されてしまうのだ。
ただ、それは正確な解釈ではない為、何となく漠然とした不安は消えなかったりする。

この情報の壁は、我々が大人になるにつれて、この社会で通用する人間になる為に、両親や大人達に教わる知識や情報によって作り上げられる壁だ。
子供と言うのは純真無垢だと言うが、それはこの情報の壁が出来上がる前の、潜在意識が結構むき出しの頃の状態を指す。それだけに本来の魂のパワーがそのまま放射されており、大人から見ると子供は、エネルギッシュで可愛くて光り輝く存在に感じる。

しかし残念ながらこの人間社会で、純真無垢のまま大人になってしまっては、色んな事で沢山傷つく事になるだろう。
だから大人達は子供に一生懸命教える。「人前では大人しくしなさい」「泣いたりしちゃダメ」「ああしなさい」「こうしなさい」と、この社会の常識を沢山覚えさせられる。そうやって沢山の情報で出来上がっていくのが、この「情報の壁」だ。
それによって私達は守られている。刃物は危ないと理解出来るから怪我をしなくて済む。食べられるもの、食べられないものを認識できる事で、安全に生活が出来ている。

その反面この壁の為に潜在意識に入り難くもなっている。人間が他の動物と違い、危険を察知する能力が低いのは、この情報の壁が厚い為だ。
この壁が局部的にも薄い部分がある様な人は、潜在意識でキャッチできるものをそのまま顕在意識で認識し易く、いわゆる霊感が鋭いなどと言った特徴があったりするわけだ。

エリアシフト 孤独の浄化

大人は、この情報の壁が厚い為に、感情もあまり表に出せない半面、嫌な事があっても理論的に考えて軽く流せたりする。
しかしその感覚のまま子供と接すると、大人にとっては何でもない事なのに、子供にとってはすごく傷ついたりする。
子供は情報の壁が十分に出来上がっていない為に、潜在意識がとても傷つきやすい。
この時に大人、つまり両親の態度に「自分は愛されていないのでは?」と感じる様な事があると、潜在意識にその感情が刻まれたまま大人になり、事あるごとに「私って愛されていない?」と漠然と感じる様になってしまったりするのだ。

孤独の発生要因例

幼少期の寂しさ

例えば幼い頃、家に両親があまりいなかったりすると、子供は寂しく感じるだろう。親が喧嘩したら、離婚したら子供は悲しく感じるだろう。女の子なのに「男の子が欲しかった」なんて言われたら、「あんたなんか産まなきゃよかった」なんて親に言われたりしたら、子供は自分を育ててくれている親に対して無力である事を自覚しているだけに言い返す事も出来ず、親に言われるがまま自分を否定するしかない。そのまま大人になった時、漠然とした自殺願望に繋がってしまうかもしれない。そんな例は沢山ある。

例えば、新しい弟や妹が生まれた時も、親はついつい生まれたばかりの弟、妹に意識が向いて可愛がってしまうものだ。しかしこれが、まだ幼いお兄ちゃんお姉ちゃんにとってはとても辛かったりする。
弟、妹を可愛がる両親を横で見て育つと、お兄ちゃん、お姉ちゃんは、自分でも気付かないうちに弟妹に嫉妬する。

そんな感情が幼い頃に潜在意識に根付くと、大人になった時、必要以上に嫉妬深くなったり、何故かワザワザ友人の恋人を横取りしたくなる感情に囚われたりする。つまり幼い頃、本当は弟、妹から両親を取り戻したかったのだ。その取り戻したいと言う感情が、いつしか「情報の壁」の下に隠れてしまい、大人になる頃には友人の恋人を横取りしたいと言う感情に置き換えられて、そんな行動に結びついたりするのだ。

性的虐待

これは特に「孤独の領域」に偏りやすい大きな要因の一つだ。正直、この問題を抱える女性が意外と多い事に今更ながらすごく驚かされている。
幼少期に性的虐待等があった場合、小さい頃の自分では、それが何を意味するのか理解できず、大人になるにつれて、じわじわと理解が進むと同時に心の傷が大きく深くなるので、とてもつらい。人にもなかなか話せないだけに一人で苦しまなければならない。
特に家族や信頼していた人からの性的虐待があると、人間としての愛情に疑念が生じる為に、異性に対する不信感、嫌悪感が生じて異性不信、異性恐怖症に陥る場合と、逆にそれ自体を何でもない事だと自分に無理に認識させようとして性的関係を必要以上に求める様になる場合とに別れる事が多い様だ。

これはこう言った性的虐待を犯す側もまた満たされない不安感や問題を抱えており、孤独の領域に偏ってしまっている事も考えなければならない。性的虐待に限らず、犯罪の多くは、単純に罰すれば無くなっていくという問題ではなく、その犯罪に至るまでの心の変化に対しても目を向けていかなければ、なかなか無くならないだろう。
そしてその多くが、小さい頃の親との関係性、そして親自身もまた、さらに祖父母との関係性に何か問題を抱えている事が多い。

前世からの縁

自分は小さい頃、親に愛情一杯で育てられたと、でも漠然とした寂しさがある。そんな場合、前世に誘導すると前世においての幼少期に親に捨てられた記憶が出てくるなどと言ったケースがある。
でも多くは今世と前世と似た様な原因が見つかりやすい。逆に言えば、前世でその寂しさが無くならないまま転生した為に、今世でも似た様な寂しい思いをする運命に縁付きやすいと捉える事もできる。
また単に「自分は親に愛情一杯で育てられた」と言う考えを気付かないうちに親に刷り込まれただけで、実は潜在レベルではうまく愛情を受け取れずに苦しんでいたなんてケースもある。(これはまた別の機会に詳しく語る)

嫌悪の領域もそうだが、これら孤独の領域も転生をまたがって続きやすい。これはある意味その状況に馴染んでしまっているとも言える。似た要素を持つ魂と引き合う為に、そう言ったソウルメイトの中で転生してしまいトラブルが繰り返されるとも言える。

何故自分はこんな運命なんだと、何でこんな寂しい思いをつらい思いをしなきゃならないんだと感じる場合、おそらく親も何らかの形で似た様なつらさを抱えているはずだ。
似たつらい寂しい感情を抱えている魂同士だからこそ、惹かれ合って家族として生まれてきたソウルメイトとも言える。

この場合、無理に自分の親も救わなきゃと思う必要はない。自分のいる領域を認識して、まずは自分がその領域から離れる事、自分が楽になる事だけを考えた方がイイ。自分が楽になれば、家族も自然と楽になりやすい。家族全体の意識がシフトし易くなる。
具体的には、基本的に嫌悪の浄化と同じで、気持ちの言語化が中心だが、詳しくは後でまとめて書く。

また、この他、前世そのものが、今世の人間界からかけ離れており、その違和感から今世では人と馴染めずに苦しむ魂もいる。これについては、また理解編の方で語っていくので、ここでは省略する。

カルマによる引き寄せ

嫌悪と同様、恋愛においても罪悪感の生じる行為は、出来るだけ避けた方がいい。必ずと言っていいほど、似た事を人からされるカルマを背負ってしまう。似た行為を他人にされる様に潜在意識が動き、縁付きやすくなってしまう。
裏切れば、裏切られる。浮気をすれば、自分が浮気される、あるいは自分の子供が浮気される等。
これは成した事が返ってくると言う捉え方も出来るが、似たカルマを持った魂が自然と縁付いて家族になっていくと捉える事も出来るだろう。

 

孤独の縁の断切り方

以下は孤独の領域に偏らない為のコツの一例になる。

一目ぼれに注意

これは別記事でも書いているが「一目惚れ」と言うのも、多くは前世において苦しい恋愛だった可能性が高い。
前世ですごく傷ついた為にその衝撃が潜在意識に残り、今世で再会するとその衝撃だけが一気に蘇り「一目惚れ」と認識してしまう。
これはもう相手がどんな人かもわからない時点で、出会った瞬間に全身感電した様にハッキリとした衝撃と共に「この人が好きだ!」と感情が湧き上がるのですぐにわかる。
今の恋人とは一目惚れだったと思うけどなぁ、どうだろうと微妙に感じる程度なら一目惚れではないので安心してイイ。

一目惚れで始まる恋愛は、前世と似た様なパターンで苦しい状況になる事が多い。それを乗り越えるには、まずどちらかの意識がシフトする必要がある。どんな状況でもその事象に囚われない自分になる必要がある。

逆に前世において幸せだった相手とは、今世で再会しても大して衝撃は無い。第一印象はパッとしなかったのに、気が付いたら仲良くなっていたとか、気が付いたらいつも一緒にいるなぁと感じる様な相手が、前世でも幸せだった可能性が高い。
ただ、前世でも幸せだった相手とは、ドキドキ感も小さいので、その辺は期待しない方がいい。
あきらめて、恋愛のその次に自分が目的とするものを見つけて、それを成す上での協力し合えるパートナーとして相手と一緒にいられると、転生をまたがってもさらに安定した恋愛が出来る様になる。

運命の人

「運命の人」と言うと、生まれ変わってもいつも一緒にいる惹かれ合う魂、そんなイメージがあるかもしれない。しかし実際、人は「もうイヤっ」と言うほど輪廻を何度も何度も何度も繰り返しているもの。そんな輪廻の中で毎回毎回延々と必ず恋人になる、結婚する、そんな特定のパートナーがいる様な例は、私がヒプノでお客さんを見てきた中では今の所一人もいなかった。
時には家族、時には恋人、時には友人と言った近いところで転生するパターンなら沢山ある。

例えば、前回ヒプノで前世を見たらAさんと前世で結婚してた、でも今回のヒプノでは、また違う前世でBさんと結婚してた。どっちが私の運命の人ですか?と聞かれても、今世で結婚した人が今世のあなたの運命の人ですとしか私には答えられない。

そもそも毎生一緒になろうと思ったら、毎生毎生同じタイミングで死んで同じタイミングで生まれなければならない。かなりのテクニックが必要だ。そこまでいかなくても、親子になったり友人になったりと、比較的近い所で転生し合う縁はよくある。
これはやはり似た要素の持ち主、似た領域にいる魂が互いに惹き合う自然な形だ。

つまり運命の人と言うのは誰にでも沢山いる。赤い糸なんて1本とは限らない。その人の魂の状態によって自然と縁付いていく相手だとも言える。
誰が運命の人なのかと考えるより、どんな人を運命の人とするのかを考え、その人に見合った自分になる事に意識を向けた方が早い。

失恋して「あんな素敵な人、二度と現れない」と思うなら、自分がその素敵な人以上の素敵な人になってしまえばいいだけだ。
そうすれば自分に見合った、以前の素敵な人以上の素敵な人が必ず現れる。

失恋直後の恋愛は避ける

恋愛していない時は何とも感じないのに、特に失恋直後は寂しいと言う思いを強く感じるもの。つまり一時的に「孤独の領域」に強く偏りやすい。この状態ですぐに新しい恋人を見つけようとすると、失恋した相手と似た縁の人と縁付きやすかったりする。これは潜在意識において、まだ前の恋人に対しての未練が強く残っている為に似た人を引き寄せている。これではまた似た様な失恋を繰り返しやすい。
また失恋直後は心が波打ってる状態なので、一目惚れと同じで、ちょっと優しくされただけで、この人が運命の人的な錯覚に陥りやすい部分もある。緊張感や苦しさ、寂しさで心が揺れている時の身近な異性は、その心の揺れが恋愛感情によるものと置き換えてしまい錯覚してしまう訳だ。
しばらくは恋愛以外に集中して、自然と新たな縁が生じるのをしばらく待つ方が本当は無難だ。

また、似た失恋を繰り返す時は、最初のスクリプトであらためて変に好みが片寄ってしまっていないか「自分の好みのタイプ」を見直してみるのもイイだろう。
面白いのは意識がシフトすると好みのタイプも変ってきたりする。

紹介は幸せな人から

エリアシフト 孤独の浄化

異性トラブルの多い友人から「イイ人を紹介するよ」と言われた時は、ちょっと考えた方がイイ。
そう言った友人から紹介されるのは、やはり同じ様にトラブルを起こしやすい異性である可能性が高い。と言うか、まずその友人のトラブルについて相談にのってあげる事の方が先だろう。

とりあえず友人から紹介してもらう場合、その人に似た状態の人に限られるので、出来れば幸せそうな人から紹介してもらうのが無難だ。

さて、ここまで色々書くと、あの人との出会いはどうだったけ?この人はどうだったっけ?誰が運命の人なの!?と今、あなたは懸命に考えているかもしれない。
そんなアナタにとどめを指す様に一言だけ付け加えておくと、「頭で考える」と言うこと自体が「情報の壁」の中で「情報」に踊らされている状態とも言えると言う事を忘れないで欲しい。
例外だって沢山ある。ここに書いた事はあくまで参考であり一例だ。
相手を条件で考えるのではなく、自分が相手と一緒にいてどう感じているのか、そこに安心感があるのか、不安感を伴うのか、自分の気持ちを客観的に感じてみる事が大切だ。

 

孤独の浄化を促進する

気持ちの言語化

そもそも自分の中の孤独の要素、つまり幼い頃、両親とうまくいってなかった場合など、すでにその原因と思われるものを抱えている場合どうすればその原因要素を消していけるのか。
基本的には嫌悪の領域の浄化法と同じだ。自分の気持ちの言語化がベースになる。

特にここまで読んで、アレが影響してるのかな?と感じる様な体験があるなら、あらためてその時の気持ちをよく思い出し、人に聞いてもらった方がイイだろう。
ただ聴いてもらう相手は選ばないと、人によっては変にアドバイスをもらって余計に傷ついてしまう事もあるかもしれない。ただ受け入れる様に聞いてくれる人が理想だが、周りにいなければ、傾聴カウンセリング等をやっている所を探すか、自分自身がカウンセリングの勉強を始めると言うのもお勧めできる。

あと日記に書いていくのもイイ。ただ、ここで繰り返しにはなるが、あらためて意識して頂きたいのは、人に話すにせよ、日記にせよ、「あった事を話す」のではなく「自分の気持ちを話す」ことが大事だ。「昨日、友人に酷い事を言われた、ムカついた。」だけでは本当の意味でスッキリしない。「昨日、友人に酷い事を言われて、とても悲しい気持ちになった。気にしていた事を指摘されたから、とても恥ずかしくて、みじめな気持ちになった」と、「ムカついた」の裏の気持ちを、しっかり吐き出すように言葉にしていく事でようやくスッキリ出来る。

特に「つらい」「寂しい」「悲しい」などのみじめなつらい気持ちは言葉にして誰かに聞いてもらえると、それだけでも気持ちが楽になる。普段からそんな気持ちの言葉を出せる様になると、ストレスも溜まりにくくなる為、無意識にトラブルを招く人を引き寄せる必要もなくなる。逆に同じ様に気持ちを大切に感じる良縁を惹き付けやすくなる。
(ただし、自分の苦しみを本当の意味で取り除けるのは、自分だけだという事は忘れないでほしい。)

両親への出さない手紙

孤独の領域に偏る原因の多くは親との関係性の中にある。かと言って小さかった頃のつらかった話を今さら親にするのも難しい部分はあるだろうし、話をするにしても嫌悪の回で書いた様に、自分の「つらいみじめな気持ち」を素直に表現できるとイイのだが、ただ怒りをぶつけるだけでは、話がこじれるだけで罪悪感も伴ってしまう為なかなかスッキリしなかったりする。

無理せず、嫌悪と同様、親あての出さない手紙を書いてみるのもよい。この場合は、出さないことが前提なので、まず怒りをしっかり吐き出すのもよいだろう。吐き出せた後は、その裏にある自分の「つらいみじめな気持ち」もしっかり吐き出すように言葉にしていく事が重要だ。

囚われない

嫌悪と同じで、苦しいと感じる感情は、囚われる事で増してしまう。上記の様な自分の過去を振り返るほどの余裕もない時、苦しくてどうしようもない時は、一旦客観的に感じてみる事も大切だ。
今、何がどう苦しい状態なのか、紙に書き出していく。苦しい事がいくつあるのか数えてみる。日記と同様、それに伴う気持ちも書きだしていく。
ある程度書き出せたら、苦しい項目ごとに苦しさの度合いに点数を付けてみてもイイだろう。その都度、点数を書き変えて、苦しくなくなったら項目を消していく。

もし考える余裕があれば、苦しい項目と一緒に、その日のうれしかった項目を書き出してみるのもイイ。
人間はどうしても、幸せな事より苦しい事に意識が囚われやすい。今、家族や友人がいると言う事も、物を考える事が出来ると言う事も、こうして生きていく事も、それさえ願っても出来ない人達は世界中に沢山いる。客観的に思い返すと、幸せな事は意外と沢山見つかるものだ。

楽である事

苦しみの多くは、嫌悪あるいは孤独の領域に偏った状況だ。そしてその多くの問題の根本的原因が特に幼少期に見つかりやすい。

これだけ幼少期が影響し易いものなら、なんだか子供をどう育てればよいか分からなくなる、そう感じる人もいるだろう。
また私自身も、そんなに幼少期が大事なら、何故そう言った問題について、もっと一般的に広まって、教育の中でも取り入れていかれないのか、とても不思議に思った。

一般にカウンセラーと呼ばれる人達は、幼少期の原因について意識していても、決してクライアントに教える事無く、ただクライアント自身が自分の力で気付いていく事を大切にする。
それは実際には、本当に人それぞれに違う原因があり、一般論で片付けられる様なものではないと言う問題がまずあり、ヘタにカウンセラーが「あなたの問題は幼少期のここにあります」なんていったら、本当は違う部分に原因があったとしても、それで納得してしまい、本当の原因が見つからなくなってしまう恐れもあるからだ。

じゃあ、何故ここで、あらためて記事で書いたのか。
上記の様な問題があるとしても、実際そう言った心の問題やひっかかりが自分にある、自分が苦しい、と言う事自体に気付かない人の方がほとんどで、そのまま子供に余計なものを引き継いでしまう事が多すぎると思ったからだ。

それだったら解釈に間違いが生じる恐れがあろうと、こう言った問題があると言う事を少しでもオープンにした方が、少なくともこれから子供を育てる人にとっては、子供に対して悪い因縁を気付かずに引き継いでしまう事もいくらか防げると思ったからだ。何かイイ形で気付きを得られる人だって、もっと沢山いるかもしれないと思い、あえてWEB上でも書いていく事にした。
まぁ、もしかするとスピリチュアル的な解釈を含めたのは余計だったかもしれないが、それはこのサイトのポリシーなんだから仕方が無い!(笑)

ちょっと話が逸れてしまったが、じゃあ結局どう子供を育てればよいかだが・・続きはエリアシフトワークで!
と、まぁ、そんな言い方で終わったら「嫌悪」されそうなので、 あえて一言でまとめるとすれば、どう育てるかを考える前に、まず親の気持ちが常に「楽」である事が大切ではないだろうか。

親が苦しい想いをしてると子供も苦しくなる。でも親が心から幸せな気持ちでいられると自然と子供も幸せな気持ちになれる。親の気持ちに余裕が出来き笑顔で子供と接する事が出来ると子供も自然と笑顔になれる。
子供が悩んでいる時もそうだ、何とかしてあげたいと考える前に、子供自身が自分の力で克服する事を信じて見守っていく事が大切なのではないだろうか。
そうやって、ただ幸せな気持ちで子どもを信じて見守っていく事が出来れば、それで十分ではないだろうか。

 


エリアシフト 孤独の浄化