WEBエリアシフト 1-嫌悪の浄化
グループワークで行っている「エリアシフトワーク」がどう言ったものなのか、また京都は遠くて受けれないと言う方の為に、その内容の一部を紹介していきます。ネット上で公開できるのには限度もありますが、それでも読むだけでも色々気付かれる事もあると思います。
*以下は別サイト「ゆらとふるへ」で公開している記事と同じものです。
嫌悪の検証
最初に来るのが、この「嫌悪の領域」だ。
「嫌悪」と言うのは、「孤独」や「迷い」もそうだが、誰にでもある要素だ。
「嫌悪」と言うのは、人や物事、色々な事象に対してわいてくる「いやだなぁ」と感じる気持ちを指す。
この「嫌悪」の領域に強く心が片寄ると、この「いやだなぁ」と感じる出来事が沢山増えてしまう。
なぜ増えるのか。
例えば、会社でイヤ~な上司がいたとする。
もう顔も見たくないし、話したくないので出来るだけそのイヤ~な上司と会わない様に会わない様にと避ける。
でもそんなイヤ~な上司に限って、何故か二人っきりになるシチュエーションに度々なってしまう。。なんて事はないだろうか?
それだけならまだしも、イヤ~な上司が嫌で転職したら、転職先の上司もまた似た様なイヤ~な上司だったとか。。
他には、悪口陰口喧嘩の絶えない職場にいつも就いてしまう。
物を買うと必ず不良品で返品しなきゃならない。
自分が担当するお客さんに限ってクレームが多い。
やりたくないと思う事ほど、まかされたり、誤解ばかりされる。
なんでこんな目に遭うんだ?とイライラする様な事ばかり起こってしまう。
そんな嫌悪感や怒りが湧いてくるような状況、これが嫌悪の領域にハマっている状態だ。
これは、そう言った状態を、自分の中の何が何故引寄せているのか、心の深い部分から気付く事が出来る様になると、あっけないほどに、その領域からスッと簡単に離れられたりするのだ。
まずは、この嫌悪について理解し易い様に、ちょっと簡単なスクリプトを作ってみたので、下記に入力していってみてほしい。
嫌悪の領域の特徴
似た要素は惹き合う
人と言うのは、深い部分で自分と似た要素を持った人に意識が向きやすい。
特に自分の中で認めたくない要素を他人の中に見つけるとすごく気になる。
例えば、漠然とした寂しさが潜在意識にあると、同じ様に寂しそうな人を見つけた時、すごく気になる。
何かその人の寂しさをカバーしてあげたくなる。
「寂しいんだね」と声をかけたくなる。
これは、その人の寂しさを見つけることで「ああ、寂しいのは自分だけじゃないんだ」と言う安心感を得たいからだ。
あるいは「自分が寂しい」と言う事を認めたくないから。「あの人は寂しい人だ」と言葉にする事で、「自分は寂しくない」と言い聞かせたいのかもしれない。

例えば、一番上の「ぷじゃくん」は優しさと寂しさの要素を持った人(?)だ。どこか寂しげな優しい人だとする。
左の「亜戸リエちゃん」は寂しさと怒りの要素を持った人。怒りっぽいけど寂しそうな人。
右の「ラクネラくん」は優しさと怒りの要素を持った人。怒りっぽいけどホントは優しい人だ。
そんな3人の場合、ぷじゃくんとリエちゃんは、お互いに寂しい部分が気になる。
ぷじゃくんとラクネラくんは、お互い優しい部分が気になる。
リエちゃんとラクネラくんとでは、お互い嫌悪が強い部分が気になってくるのだ。
なので同じラクネラくんでも、ぷじゃくんから見ると「ラクネラくんは、口は悪いけど、本当は優しい人です」と感じるのに、リエちゃんから見ると「ラクネラって、なんで、あんなキレやすいの?怒ってばっかり!」と感じる。
同じ人が、人によって感じ方が違ってきたりするのだ。
それはそれぞれが知らず知らずに自分自身も持っている同じ要素を、相手の中に見つけて、その部分が気になってしまうからなのだ。
無意識に嘘をついてしまう人は、他人の中に嘘をつく人を見つけるとすごく気になって「あの人は嘘つきだ」と言いたくなる。時にはそこに怒りをともなう事もある。嫌悪してしまう事もある。
その「嘘つき」と言ったう要素が自分の中にもあるとは認めたくないから嫌悪するのだ。
本当は自分に対しての嫌悪感だったりするのだ。
しかし例えば正直者のAさんと、嘘つきのBさんがいて、Aさんは「私は嘘が大嫌いな正直者だ。だから嘘をつくBさんは許せない。」と、そんな共通項のない正反対の二人なのに、気になってしまうと言う場合はどう考えればよいのか。
確かに単純に「嘘」と言うキーでは、嘘つきのBさんと正直者のAさんとでは、似た要素が見つからない。
さっきの嫌悪の検証で、嫌悪の対象が自分には当てはまらないと言う人がこのパターンになる。

ここで大事になってくるのは、「嘘」と言うキーでなく、「なぜ嘘をつかなければならないのか」と言う理由の部分、気持ちの部分が重要になってくる。
「嘘」を付くには必ず理由がある。「相手を傷つけない様につく嘘」「自分を誇張する為につく嘘」「自分を守る為の嘘」その他、沢山あるはずだ。
Bさんがこの「自分を誇張する為」に嘘をついてたとしたら、その裏にはどんな気持ちがあるだろう。
考えられるのは「まわりに愛されたい」と言う気持ちがあるかもしれない、さらのその裏には、過去において「まわりに愛されなかった」「かまってもらえなかった」「さみしかった」そんな気持ちがあるかもしれない。
その裏の気持ちを深く深く感じていくと、もしかするとAさんの中にも「さみしかった」と言うBさんとの共通項が見つかってきたりするのだ。
それに気付けると、Aさんは、このBさんの「寂しい部分」が潜在的にすごく気になってしまっているが為に、Bさんのつく嘘がすごく気になる、すごく許せなくなると言うのが理解できる。
ただ上記の様な例だと、実際は本人が気付いてないだけで、Aさん自身、無意識にどこかで嘘をついていると言うケースも考えられる。Bさんは何気ない冗談のつもりで言った嘘であっても、Aさんが勝手に一方的に「嘘をつく人って最低!」って感じで、すごく嫌悪する場合は、おおかたAさん自身、なにか心にひかかってしまっている様な、例えば誰かを大きく傷つけてしまった様な嘘を過去についてしまい、それを認めたくなくて嫌悪しているなどの可能性がある。
「人は自分の鏡」と言うが、いい方を変えれば人は他人に自分自身を映しやすい。「人を自分の鏡にして見てしまいやすい」とも言えるだろう。
こちらにとっては全く意味が分からず、「この人、何をそんなに怒ってるんだろう」と感じる様な事とかある時は、多くの場合、その人はあなたを鏡にして自分を見ている。その自分に嫌悪しているだけで、その人自身の中での問題なので、あなたが気にする事は無い。
あなたが気にするべき事は、その人と同じようにあなた自身も他人に自分を映して、他人事のように責めてしまっていたりしないか客観的に感じる事だ。
嫌悪するほど惹き合う

「気になる」と言うのは、相手に集中している状態だ。
それが「大好き」であっても「大嫌い」であっても、その対象に潜在意識において集中を起こしている意味では同じ、それに「囚われている」状態である事には変わりが無いのだ。当然、ますます引寄せてしまう。
いや、むしろ「大嫌い」の方が集中度が大きい分、引き寄せやすいかもしれない。
「離れたい」と言う気持ちは「なかなか離れられない」と言う気持ちに集中している様なもの。
つまり「離れたい」「離れたい」「離れたい」と願うほど「離れられない」「このまま離れられなかったらどうしよう」「離れるのは無理なんじゃないか?」と念じてる様なもので余計に離れられなくなったりする。
これが「嫌悪の領域」にハマってしまっている状態なのだ。
アイツさえいなくなればイイ!あの人は許せない!一緒にいたくない!憎い!恨めしい!
どれも、潜在意識において、その状況が長引いてくれる事を願っている様なもの。
「お疲れさま」と言いたい。
じゃあ、嫌悪の縁を引き寄せない為には、どうすればよいのか。
それはただ「囚われない」こと。
「離れたい」のであれば、「別に近付いても離れても、どっちでもいいや」と、深い部分からそんな気持ちになれると、スッと簡単に離れたりするのだ。
まぁ、そう簡単にそんな風に気持ちを切り替えられる人なら、元から大した問題ではないだろう。
なので、ここからは、なかなか気持ちを切り替えられない人の為に、さらに具体的に話を深めていく。
嫌悪の浄化
さて、ここから読み進めていただく前に、ちょっとお断りしておかなければならない事がある。
それは状況が急変し易いと言う事。言い方を変えれば浄化が起こる可能性があると言う事。
今回は初めてWEB上で読める形にするので、読むだけでも浄化が起こるのか、どれぐらい急変するのかは分からないが、可能性としては十分あるので、先に書いておく。
京ひぷのの「エリアシフト講座」に参加された方で、よく耳にするのは、嫌悪の回が終わった直後に、嫌いだった上司や同僚が転勤してしまったり、部署が変わってしまったりするケースがある。それも大体1カ月以内に起こったりするからビックリだ。
これは誤解しないで欲しいのだが、決して参加者があやしひパワーを身に付けて、上司を飛ばしてしまうわけではない。
もともと、その人と上司との縁が離れていく運命であったにもかかわらず、お互いに嫌悪の意識で引き付けあってしまっていた為に、なかなか離れられなかっただけと考えるとイイ。
エリアシフトで、その人の上司に対する「嫌悪の囚われ」が無くなったとたん、上司の方も、その人に対する拘りが薄れて、縁が切れて、本来の運命である転勤に繋がったと考えるとイイだろう。
ただ、その縁が切れる直前は、余計に仲が悪くなったり、責められたり、つらい事が起こったりする。
これが、いわゆる好転反応だ。カルマの浄化が起こっている状態だ(カルマについては後ほど説明しする)。
その時、それでも上司に対して「囚われない」自分で居られると、スッといとも簡単に縁が切れたりするのだ。
参加者の例で、特に感心させられた話で、こんな事もあった。本人の了解は得ているので、ここで紹介する。
参加者のAさん。
彼女は、ずっと嫌だなぁと感じてた友人のBさんと言う人がいて、あまり関係が良くなかったらしい。
そのAさんが、このエリアシフトの嫌悪の回を受けている中で、もう嫌悪するのはやめようと、自分の方から折れてみようと、Bさんに対して自分から謝ってみようと決意したらしいのだ。
それがそう決意して嫌悪の回を終えて、帰りの電車に乗っている時に、突然Aさんの携帯に、Bさんからメールが来た。
見てみるとBさんの方がAさんに対して「ゴメンナサイ」と言った謝りのメール内容だったと言う。
Aさんはもちろん、私自身もビックリした。自分から謝ろうと決意しただけで、ほぼ同時に相手から謝ってこられたのだ。
あらためて人って潜在意識の深い部分で繋がってるんだなと感心させられた。
これはスムーズに浄化が起こった例だが、多くは今まで我慢していたものが爆発するかのように、その嫌悪の対象と向き合わざるを得ない様な形で起こりやすい。
「孤独」の回なんかでは、以前から疑っていた彼の浮気現場を目撃したとか、嫌でも問題と正面から向き合わざるを得ない状況に追い込まれたりする。
そこで囚われずに、しっかり結論を出せれば、嫌悪や孤独の縁は切れていく。
もしこの先を読んで、表面上、仲良かった人と大喧嘩してしまったり、身に覚えのない事で責められたり、そんな事が起こった時は、とにかくその事象に「囚われない」ようにお願いしたい。ヘタに相手に対して嫌悪して対抗すると、また余計に縁が深まってしまう。
それらはいずれ向き合わざるを得ない問題だったと、カルマとも言えるだろう。そこから逃げても、また似た状況を引き寄せたりする。それらに対して、「もうどうなってもいい」と覚悟して「囚われない自分」になれた時、その時、その問題との縁はスッと切れていくのだ。
(具体的な対処法については最後に書く)
元から嫌悪の小さい人は、何も心配はいらない、あらためて自分がそんな領域に巻き込まれない様にと参考程度の気持ちで読み進められればイイだろう。
嫌悪がなぜ生じるのか
幼少期の影響
嫌悪は一言で言ってしまえば「自分を理解してほしい」と言うつらい気持ちの裏返しだと考えればイメージし易いだろう。「なんでこの気持ちを分かってくれないの!?」と言う気持ちが怒りの裏に隠れている。
つまり「嫌悪」と言うのは本当に吐き出したい気持ちが吐き出せずに怒りに置き換えてしまっている状態とも言えるだろう。
ここで、あらためて潜在意識についての話だ。潜在意識と言う言葉はとても不思議で便利な言葉だ。
魂と言う概念で例えると胡散臭く聞こえるのに、潜在意識と言う概念を使うともっともらしく聞こえてしまう。
なので、ここでは潜在意識と言う言葉を多用はするが、その定義そのものには常識には従っていない。あくまで理解し易い様に例えているだけなので、私自身の中では脳で考える領域を顕在意識、心や魂で感じる部分を潜在意識と言うイメージで例えているので、ご了承願いたい。

上記は今世においての「嫌悪」や「孤独」の領域に入るパターンの一つの例を簡単に書いたものだ。
例えば小さい頃、①の様に親の留守が多くて寂しい思いをしていたとしたら、潜在意識にその「寂しい感情」が根付いてしまう。
それが大人になっていくうち、忘れてはしまうのだが、その「寂しい感情」そのものが潜在意識から無くなる訳ではない。大人になっても、ふっとした時に潜在意識から、その「寂しい感情」が浮き上がってきて「漠然とした寂しさ」として感じてしまう事がある。
これが自分では幼少期の寂しさが残っている為だとは、普通は気付けない。なので、現実の中で、その寂しさを消し去ろうと懸命になる。友達と連日飲みに行ったり、多くは恋愛対象にその寂しさを埋め合わせてもらおうとする事が多いだろう(②)。
恋人といる時は、漠然とした寂しさも、そう強くは感じない。でも完全に寂しさが無くなるわけではない。その寂しさが本来、恋人によって埋め合わせられるものではなく、小さかった時の自分の親によってしか埋め合わせる事が出来ないものだからだ。
しかしそんな事は自分ではなかなか気付けないので、恋人がしっかり自分を愛してくれてないから悪いのだと、さらに恋人に対して執着してしまう。時には相手は運命の人ではないから寂しさが消えないんじゃないか?と別れを繰り返したり、浮気を繰り返す人もいるだろう。
これが「孤独の領域」にハマっている状態だ(③)。
また人によっては①の時、例えば親が厳しく、本当は嫌なのに、親に対して嫌とは言えない様な状況で育つ人もいるだろう。この本当の自分の気持ちを親に分かって欲しい、でも分かってもらえない。この「自分は理解してもらえない感」が潜在意識に残ってしまう(④)。
やがて大人になってから、ひとに理解してもらえないと感じる時、必要以上に相手に怒りが湧いてくる。しかし怒りをいくらぶつけた所でイライラ感はおさまらない。それは本当に怒りを向ける相手が、その相手ではなく小さい頃の自分の親に対しての怒りだからだったりするから収まらない。
これが「嫌悪の領域」にハマっている状態だ(⑤)。
もちろん、これらは一例で、実際は色んなパターンがあるので、なんでも幼少期の原因だと決めつける事は出来ない。自分の感情だと思っていたら、親の潜在意識にある満たされない感情がリンクして影響していたと言うパターンもある。虐待などはもちろん影響は大きいが、親が完璧すぎる為、優しすぎる為、自由すぎる為に生じる感情が原因のケースだってある。
ただ、上記の様に幼少期に様々な問題のその原因が見つけるケースが一つある事を覚えておいていただきたい。
前世の影響
前世の原因が強いケースもある。前世で何か事件等に巻き込まれた事により心の傷を負うケース。
しかし、前世においてもやはり、その幼少期に遡ると本当の原因が見つかる事もよくある。上記のケースが前世で引き起こっているケースだ。
前世でそう言った傷があると今世で同時期に似た様な傷を負う運命を自ら望んでしまう事がある。
私自身、一つ前の前世の幼い時に、関東大震災で両親を亡くしており、その前世の感情が、今世の同年代の時にリンクしていて、今世でも似た感情を起こしていた。よくわからない絶望感に悩まされる時期があった。
前世に原因がある場合は、いくら記憶をたどっても出てこないので難しい。
しかし、もし自分でもわからない感情が突然湧いてくる時は、前世の影響の可能性も十分にある。
カルマの影響
幼少期や前世に原因があったとして、じゃあ前世の原因は何故生じたのか遡ると、さらに過去世において似た様な前世が見つかる事もある。結局、魂そのものが、その縁の領域にハマっている、その縁に囚われている状態だ。
この「囚われ」と言う状態を理解するのに、カルマで解釈するのも一つの手なので、あらためてカルマについて説明したい。
カルマは一言で言えば、自分の行った行為が自分に返ってくると言う法則。これについては別記事でも書いてはいるが、ここでもあらためて考え方だけ解説しておく。
これは、特に「悪業」、人を傷つけてしまうケースを考えると分かりやすい。

図で説明すると・・
- AさんがBさんを傷つけてしまう。
- Aさんの潜在意識に罪悪感が残る。
- 潜在意識が罪悪感を消化しようと集中する事で似た事象を引き寄せてしまう。
- Cさんに、似た様な形で傷つけられる事で、罪悪感を帳消しにしようとする。
- 「自分も似た様な事をBさんに言って傷つけたんだから、私も傷つけられて当然だ」と、潜在レベルで納得すると罪悪感は消化され、潜在意識において集中も起こらなくなる為、引き寄せなくなる。
この中でも注意すべき所で、Cさんに傷つけられた時に「何で自分がこんな目に遭うんだ」と嫌悪してしまうと消化に繋がらない。ますますその事象に集中が起こって、また繰り返し似た事象を引き寄せるかもしれない。
ここでAさんが、Cさんの言われた事に対して囚われなければ消化できる。
たとえ自分のカルマが思い出せなくても、「もしかすると過去(前世)において自分もCさんみたいな言い方で誰かを傷つけたのかもしれない」と囚われず、自分自身もそんな言い方はやめようと決意出来ると、Cさんの様な嫌悪の人との縁が薄れていくので、自然と嫌悪のカルマも小さくなっていくだろう。
あくまでこれは潜在意識と言う概念を使ってカルマを分かり易く例えた一つのイメージだ。必ずしも潜在意識がこの通りに動いているわけではない。
魂レベルで 本当の自分が成長していく為に学びとして、そのケースによって事象が動いてるとも言えるだろうし、違う言い方をすれば、Aさんが潜在意識において、これら の事象に囚われている状態だとも言える。
カルマについては、別記事で詳しく書いてるので、そちらを参照願いたい。
嫌悪の克服
以下は実生活においての嫌悪の縁が深まらないコツの一例だ。
悪口陰口を冗談でも言わない、他の生命を傷つけない。

悪口陰口は、それが自分の中にもある要素だと認めたくない時に口にしやすい。つまり人の悪口陰口は言ってるその人自身にも何らかの形で当てはまってしまうものなのだ。
また陰口は聞き手に「自分がいない時は自分の陰口も言われているかもしれない」と言う潜在的不信感を与える。
悪口陰口を言ってる時は聞き手と親密になれるような錯覚を覚えるが、それで親密になれるのはやはり同じように悪口陰口を言うタイプの人間だけだ。そんな嫌悪の縁が深くなる前に、まず自分から悪口陰口をやめていった方がイイ。
あと、もちろん暴力を振るったり、傷つけたりするのも、後々自分が傷つけられる縁を引き寄せてしまう。例えば、それが「正義」と言う名目があったとしても出来るだけ避けた方がいい。
経営者の方で、お客さんのクレームを愚痴ちる人もいるが、とりあえず自分が愚痴る悪口を言う事をしばらくやめれば、クレームは減ってくるものだ。
仮に犯罪であっても必ず犯罪を犯す人は犯罪を犯さなければならない気持ちの理由を持っている。そこを意識する必要がある。
周りの悪口陰口、イジメに加勢しない
もし、あなたの周りの人が悪口陰口を言っていたら。
こちらも、その人に合わせて悪口陰口を言わないと、今度は自分が悪口陰口を言われるかもしれない。
自分も一緒に加勢しないと、自分が攻撃の的になるかもしれない。そう考える人もいるだろう。
その結果が、よくあるイジメの構図だ。
この場合、まずそれでも悪口陰口、イジメには加勢しない方がイイ。
加勢すると、やはり余計なカルマを積む。その人達に自分はイジメられなくなるとしても、必ずと言っていいほど後々、自分もイジメられる縁を惹きつけてしまう。
さらに嫌悪の縁が深くなるだけなのだ。
じゃあ、関わらない様にすればいいのか。
それで縁が断ち切れる程度の人はイイが、人によっては、その縁が断ち切れても、また似た縁の中に巻き込まれる事もあるだろう。
じゃあ、イジメは自分が頑張って食い止めなければならないのか。
そうとも言い切れない。この食い止め方も気を付けないと相手の嫌悪を強めてしまうだけだったりもする。
じゃあ、どうすればいいのか。
イジメをする人間にも、イジメたくなる気持ちに至るまでの気持ちの原因を必ず持っている。
例えば、家では兄弟にいじめられていた。
親に虐待されていた。
あるいはイジメたくなる相手が弱そうで、その弱い部分が自分の中にもある事を認めたくなくてイジメたくなったなど。
そんな気持ちを誰かに理解して欲しくてイジメていただけだったりするのだ。
そんな人にただ「イジメはやめろ」と言ったところで、その人はますます「ああ、やっぱり理解してもらえない」と感じて、あなたに対しても嫌悪する様になるだろう。
特に「イジメはやめろ」と止めに入る側にも「嫌悪」の気持ちがある場合、さらにうまく止める事は出来ない。
でも、だからと言って黙って見てるだけでは、罪悪感が大きくなってしまう。
どうすればいいのか。
嫌悪の縁から離れる
まず、いじめる側の話を聞き出していく事から出来ると一番イイ。
何故いじめるのか、何故いじめたくなるのか。
「イライラするから」「おもしろいから」それだけでもイイ。それを否定も肯定もせず「うんうん」と話を聞くだけでイイ。
繰り返しになるが嫌悪は「理解して欲しい」と言う気持ちの裏返しだ。ひたすら聞き手にまわる事で、話し手はイライラ感を消化していく事が出来る。
ここで、イイ例がある。
これはサイト「ゆらとふるへ」を見て、5年ほど前に相談のメールをくれた方の話だ。
仮にAさんとする。会社勤めのOLだ。今回、本人の了解を得た上で書く。
Aさんが勤めている会社の部署は、まさに嫌悪のグループの中だった。たえず悪口陰口が絶えず、派閥争いだのイジメだの絶えない環境だったらしい。
Aさん自身も、言いたくないと思いながらも、同僚に合わせて悪口陰口を言っていたと言う。
そうでもしないと自分がターゲットにされる恐れがあるからだ。
その事で、このままでイイんだろうかと、メールで相談された。
これは、もちろん一緒に悪口陰口を言ってる時点で、ますます嫌悪の縁は深まっていく。
自分が攻撃されない様に言い続けたとしても、いつかは必ず自分も攻撃される縁を引き寄せてしまうだろう。
なので私は、2つの事をお願いした。
1.一緒に悪口陰口を言葉にするのはとにかくやめる事
2.周りの人が言う悪口陰口に対しては否定せずに「うなずく」のみにする事
つまり、まずはこれ以上、自分の潜在意識に罪悪感を募らせる事を防いでもらう事にしたのだ。
そしたら、それから2年ぐらい経ってからだったろうか。久々に、Aさんからメールが来た。
あれから状況ががらりと変わったと言うのだ。
まず、上の2つを続けていると、確かに自分が標的になる事は無かった。
次に、部署移動があって、今度移った所では、周りに悪口陰口の言う人が全然いなくなったと言う。
さらに、続けて上の二つを守っていると、まわりから遊びに誘われたり「Aさんは優しい人だね」とか言われる様になったのがうれしいと言う内容だった。
以前は、そんなにまわりに遊びに誘われたりするようなタイプじゃなかったらしいのだ。
これはイイ形で嫌悪の縁が切れていった例だと思う。悪口陰口は、何気ない事かも知れないが、それでも潜在意識においては少しずつ少しずつカルマとして積まれてしまう。思い当たる人がいたら、ちょっと意識的に悪口陰口をやめるだけでも、大きく何かが変わるかもしれない。
嫌悪の浄化
裏の気持ち
イライラした時、何か腹が立つような事が起こった時、どんな気持ちになるだろう。
多くの人は「ムカつく」「腹が立つ」「イライラする」など「怒りの感情」が、自分の気持ちとして解釈するのではないだろうか。
しかし、この「ムカつく」「腹が立つ」「イライラする」などは、私は正確には他の感情の言葉と少し違うと感じている。
心理学の博士でも何でもない私が、ここまで書いてイイのかと言う不安もあるが、すでに散々心理学も一般的なスピリチュアルも無視して書いてきたので手遅れだろうと思うので、あえて書こう。
この「ムカつく」「腹が立つ」「イライラする」などは自分の気持ちではなく、自分の気持ちに蓋をしているその「蓋の形」の様なものだと思っている。
だから、腹が立った時って、「ああ腹が立つ!」と言葉にしても、なかなかその腹立たしさは消えない。
よく「怒り」を言葉にすれば、スッキリすると、ストレスがたまらないと言われるが、どーもそうも思えない。
「バカ野郎」と言った所で、時には怒りを言葉にする事で、罪悪感さえ生じてしまい、さらに似た様な腹立たしい出来事を引寄せてしまう時もある。
じゃあ、腹が立った時の自分の気持ちとは何なのか。
それは腹が立った時、その裏には必ず「理解して欲しいつらい気持ち、みじめな気持ち」があるはずだ。
「XXXと言われて腹が立った」の裏には、「自分はそんなつもりはなかったのに、XXXなんて言われて、悲しい」と言った気持ちがあるはずだ。それを言葉にできた時、やっとスッキリした感じが得られる。
「理解されたい」と言う気持ちが消化される。
みじめな気持ちの言語化
例えば、自分は精いっぱい急いでいたのに、上司に「遅いぞ!」と怒鳴られた場合。
「なんで、そんな風に怒鳴るんだ」「あの上司ムカつく」「こっちは遅くまで残業だってしてるんだ」などの気持ちが湧いてくる。
これを友達に愚痴る。すると少しはスッキリするが、また会社に行くと思いだして嫌な気持ちになる。
これでは、上司に対する嫌悪も消えず、ますますその上司との嫌悪の縁が深くなる。
では、どうするか。
裏の気持ちを探してみる。
つまり「なんで、そんな風に怒鳴るんだ」の気持ちの裏には、「怒鳴られる事で、ビックリして、怖くなった。自分がダメな人間だと決めつけられてる様な、つらい気持ちになった。」
「あの上司ムカつく」の裏には「きっとこの上司は、私の事をダメなやつだと思ってるんだ。そう思われていると思う悲しい気持ちになった。」
「こっちは残業だってしてるんだ」の裏には「私は私なりに頑張って残業もしてるのに、評価してもらえない。少しぐらいは、褒めて欲しい」
こんな感じで、裏の気持ちには、自分の「つらさ」「みじめさ」がある。でもそれを言葉にすると、余計に自分がつらい気持ちになりそうで怖い。だからなかなか言葉にできない。
友達にだって、そんな弱音を話した所で、バカにされるかもしれない。バカにされたらもっとみじめな気持ちになってつらくなるかもしれない。
だから「気持ちの蓋の形」で表現する。「なんで、そんな風に怒鳴るんだ」「あの上司ムカつく・・」など。
でも、この「裏の気持ち」「みじめな気持ち」が素直に心から言葉にできると一番楽になる。
自分の中で言葉にするだけでもイイ。「ああ、自分は今、こんな事になって、すごく悲しいんだな」と自分の中で自分の心と向き合って、そのつらい気持ちを言語化する。それだけでも、楽になる。
もちろん、そんな言葉をそのまま聞いて受け入れてくれる人がいるともっと楽になる。
近くにそんな人がいなかったら、まず自分が周りの人の気持ちをそのまま聞ける自分になる事から始めるとイイ。
そうする事で、自然と同じように、話をそのまま聞いてくれる人と縁付きやすくなっていく。
上記のAさんの様に縁そのものが大きく切り替わっていくかもしれない。
問題を相手に預ける

例えばAさんは、Bさんに酷い言い方をされて傷ついた。普通ならAさんはBさんに言い返すだろう「なんでそんな言い方するの!?」と、嫌悪まじりに言っても、またBさんも嫌悪まじりに言い返してきて、収集がつかなくなる。嫌悪の縁が深まっていくだけだ。
この場合、さっき「つらい気持ち」の言語化が重要と話してきたが、本当はその「つらい気持ち」をつらくさせた相手に正しく伝える事が出来ると一番イイ。
嫌悪交じりに言い返すのではなく、「あなたは、そんなつもりじゃないかもしれないけど、今の言葉で私はつらいみじめな気持ちになった」と、ただ自分の裏の気持ちを素直に伝えるのだ。
そう伝えるとBさんはなんて言ってくるだろう。
多くの場合、ちゃんとつらい気持ちを言葉にできると、相手はなんて言い返して良いのかわからず黙る。
素直に「言いすぎた」と謝ってくる人もいるかもしれない。
しかし「あなたがいけないのよ」と、嫌悪交じりに言い返してくる場合。これに対しても否定せず「そう感じてたんだね」と、受け止めるだけでイイ。
なぜなら、Aさんは「つらいみじめな気持ちになった」と、自分の裏の本当の気持ちを言葉にしてBさんに伝えられた時点で、この問題をBさんに預けてしまったのと同じだからだ。
あとはそれに対して、Bさんが言い返してきて、Bさん自身が罪悪感を抱えるか、素直に謝ってきてBさんも楽になるかは、Bさん自身の問題と言う事になる。
すでにAさんの問題ではない。
そうやってAさんは嫌悪の縁から離れていく事が出来るのだ。
日記や手紙を利用する
そのつらいみじめな気持は、頭の中で言語化するだけでも楽になる。
やって見ると分かると思うが、あいつ許せない、ムカつくと頭の中で繰り返すより、自分はつらかったんだな、寂しかったんだな、悲しかったんだなと、自分のつらさを吐き出す様に言葉にした方が楽になる。
もちろんそのつらさを誰かにそのまま聞いてもらえると、もっと楽になるが、聞いてくれる人によっては下手にアドバイスされたり、否定されたりと、余計につらくなるケースもあるので、聞いてもらう相手は十分に選んだほうがいい。
もし聞いてくれる人がいなかったら、その気持ちを日記に書くのも一つの手だ。
日記では、さっきの様な裏の気持ち、つらいみじめな気持ちを、日記に書き捨てる様に、しっかり言葉にして書いていく事だ。
そうやって裏のつらい気持ちを消化していく事で、嫌悪の感情が収まっていく。嫌悪の感情が収まると、新たな嫌悪の縁を引き寄せなくなっていく。そうやって嫌悪の縁から離れていく事が出来る。
引寄せの法則と区別する
よく引寄せの法則で「イイ言葉」を発すれば「イイ事」を引寄せ、「悪い言葉」を発すれば「悪い事」を引き寄せると言う。
確かに悪口陰口なんかは、悪い状況を引き寄せる。
しかし「つらい、みじめな気持」は悪い言葉ではない。捨て去ってしまいたい過去の気持ちの言葉だ。
それを潜在意識に残したまま、「イイ言葉」を発し続けても、時には「イイ事」を引寄せる前に「つらい、みじめな気持」が邪魔をしてくる。
つらい気持ちを我慢したまま「私は幸せだ」と言うよりは、「私はつらかった」と言葉にして吐き出してから「私は幸せだ」と発した方が気持ちのブレーキがかかり難い。
我慢は、「我慢している部分」に集中しているのと同じなので、その状態が長引いてしまう事に注意した方がいい。
浄化の促進
何事も囚われない
ここまで、いくつかあげた例をヒントに、少しずつ嫌悪の領域から離れる様に行動していくと、状況は変わっていく。
「嫌悪」も「孤独」も、その領域から離れるには「囚われない」ことが基本になる。
何があっても、「それ」に囚われない事、執着しない事で、その縁は薄れていく。
とくにこの「嫌悪」は重要で、「理解されたい」という気持ちが理解されないまま「嫌悪」を「嫌悪」で縛りつけようとしても「嫌悪」は無くならない。この世から戦争も無くならない。
大げさかもしれないが、多くの人の中から「嫌悪」が無くなっていくと、争いや戦争、犯罪なんかも無くなっていくと思う。嫌悪が無くなって嫌悪の領域から離れると気持ちも楽になる。気持ちが楽になると、家族の気持ちも楽になる。子供の気持ちも楽になる。
親子の気持ちが楽になると、「理解して欲しい」と思う必要も無くなるかもしれない。「嫌悪」そのものが生じる必要性が無くなっていくかもしれない。
そんな風になっていけたらなぁと思ってる。
カウンセリングの利用
なかなか嫌悪の領域から抜けれない場合。囚われない様に意識しても囚われてしまう場合。
その囚われの本当の原因を、自分の過去から探しだす必要があるかもしれない。
小さい頃、親がそばにいなかった、かまってもらえなかった、満たされなかった。そんなつらいみじめな気持ちが過去に置き去りにしているとしたら、あらためて自分で思い起こしてみて、そのつらいみじめな気持ちを言葉にして吐き出していく事が大切だ。
もし、そばにそんな話を、そのまま受け入れて聞いてくれる人がいなかったら、文章にしていくのもイイが、カウンセリングなどを利用するのもイイだろう。
カウンセリングと言うと、ただ話を聞いてもらうだけで、アドバイスがもらえるわけでもないので、物足りなさを感じやすいものだが、それでも2年、3年と続けると、もう話す事も無くなり、嫌でも幼い頃の話を出してくるしかなくなっていく。そうなってきてから、色んな変化が起こりだしてくる。
私もヒプノセラピーをやっていながら、こう言う事を言うのもなんだが、人にもよるとは思うが、私自身はヒプノで潜在意識に入って、幼少期と向き合うよりは、勉強を兼ねてカウンセリングに2年3年と通って、顕在意識のまま少しずつ深めていく形で幼少期を感じ直していった方が結果的に効果が大きかった。
特に傷が深いと、慌ててヒプノで解決しようとしても、ブレーキが強くてしんどくなるだけだ。慌てず少しずつ話せるようになっていった方がいい。
エリアシフトワーク
今回のこのWEBエリアシフトの記事では、その浄化のエッセンスの一部をまとめる形になっているが、「エリアシフトワーク」では、グループワークではあるが、一人一人個別に各ケースに応じて向き合っていく事が中心となる構成になっている。
こう言ったグループと言うのは必ずと言っていいほど、縁のあるグループだ。リンク誘導(京ひぷので行っている「グループの縁の分かる前世」へのヒプノ誘導)を行うと9割以上、一緒にいた前世が出てくる。なのでワーク終了後、仲良くなっていくグループも沢山ある。
最初は、自分の事を話すのが怖くて、なかなか深い話は出ないが、一人が深い話をしだすと、似た経験を持ってる人が、そのグループの中にいる事が多く、連鎖的にみな深い話を話しだす。「人前でこの話をするのは初めてだ」と言う人も沢山いる。これだけでも浄化の意味があり、「ああ人に話しても大丈夫なんだ、聞いてもらえるんだ」と言う認識が出来る事で、その人のブロックが少しずつ崩れていき、楽になる。
詳しくは「エリアシフトワーク」を参照願いたい。

